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25章 お嬢様は狩りがお好き
332. これで狩りはおしまいか?
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叫んだリリーアリスだが、リリスの手には並々とベリージュースが揺れるグラスがある。渡そうと差し出したリリスがきょとんと首をかしげ、困ったように後ろを振り返った。
「リリス様が仕返しすると思ったのでしょうね」
怯えた様子のリリーアリスを示しながら、シトリーが指摘する。得心がいった様子で、リリスはグラスを下げた。彼女の手にあったジュースをそのまま返そうとしたのだが、やはりドレスにかかった以上、魔法陣経由で分離しても捨てた方がよかったのだと頷いた。
だって、もう飲めないものね。
的外れな感想を抱くリリスからグラスを回収したシトリーが、近くのテーブルに置いた。心得た侍女がすぐに片づける。リリスはシトリーが告げた『仕返し』を上から掛ける意味ではなく、無理やり飲まされると解釈した。かなりズレているが、誰も指摘できないまま終わる。
「立てるかしら?」
屈んだリリスの白い手袋越しの助けを、リリーアリスははね退けた。ぱちんと響いた音に、「ひっ」と貴族の間から悲鳴があがる。この場に及んで、まだ抵抗する彼女の姿に、溜め息をついたリリスは扇をぱたんと畳んだ。
「困ったわね……」
怯える獣を手懐ける方法を思い浮かべながら、リリスは身を起こした。とりあえず、床に座るリリーアリスを立たせようと思ったが、震えながら拒絶された状況に唇を尖らせる。困ったと言いながら、助けを求めるようにルシファーへ目を向けた。
「パパ」
「なんだ? リリス」
ついに仮面を外したルシファーが近づいた。その優しい眼差しの先で、リリスは素直に強請った。
「この金魚を無事にガラス鉢に返してあげたいの」
何が何でも『金魚扱い』にして、無事に帰したいと告げるリリスに近づいて、黒髪と額にキスをする。目の前で行われた想い人の他者へ対する愛情表現に、リリーアリスは泣き崩れた。感情がぐちゃぐちゃで何もわからない。
大広間の音楽は止んでおり、しんと静まり返っていた。冷たい目をした貴族がひそひそと噂を始める中、魔王の側近達は自業自得のリリーアリスに眉をひそめる。
アスタロトの以前の予想通り、この騒動の元凶に気づいたのは、水の妖精族の侯爵令嬢ルーシアだった。貴族同士の会話の中で飛び交う情報を収集していた彼女の情報網に、ある貴族令嬢の噂が引っ掛かったのだ。
黄金色の肌、青髪、緑の瞳をもつ辺境伯の一人娘――境遇はイポスに似ている。可愛がられて育った我が侭娘である伯爵令嬢リリーアリスは、かつてリリスの側近候補に名を連ねた娘であり、その際に間近で見たルシファーに恋をした。
よくある話だが、問題はここから先だ。彼女は「魔王妃は幼く、彼女が成婚年齢に達するまでの側妃が必要だ」と主張した。そこに野心を捨てきれない一部の貴族が同調した。この騒動は昨年起きたもので、リリスが成人する16歳で結婚する取り決めの原因でもある。
結果的にリリスは嫁入り年齢が決まり、リリスも魔王も喜んだのだが、リリーアリスは側妃の座を諦められなかった。その恋心が今回の騒動の発端となる。
惚れた人は別の女の子を愛していて、近づこうと意地悪したら断罪騒動に発展し、親まで自分を見放した。最終的に間違いなく嫌われた状況は、彼女が消化できるキャパシティを超える。号泣しながら床に伏せたリリーアリスへ、リリスは取り出したハンカチを侍女経由で渡した。
「簡単だ、余に任せよ」
左腕で優しくリリスを抱き寄せ、右手に描いた魔法陣でリリーアリスを包む。そのまま転移で彼女を消してしまった。
「へ、陛下。声をかける無礼をお許しください。我が娘は……その」
殺されたのか、追放されたか。不安に震える声へ、ルシファーは淡々と答える。
「心配いらぬ。そなたの領地にある屋敷前に転移した」
「……っ、寛大なご配慮に感謝申し上げます。一族の忠誠を魔王陛下に」
最敬礼で感謝を示したラゼル辺境伯が一礼して下がる。仮面をひらひらと手で弄びながら、ルシファーは最後に頼ってくれた愛し子に穏やかな表情を向けた。
「これで狩りはおしまいか?」
満足しただろう? そう尋ねるルシファーは、まったくもって盛大な勘違いしていた。リリスの狩りの獲物は金魚で、この仮面舞踏会で仕留めることを狙っていた――と。
舞踏会開催のお強請りや、執務室で書類を垣間見ていた態度から、舞踏会で何か仕掛けると考えたルシファーとその側近達の予想は、意外な方向に裏切られた。
「何を言ってるの、パパ。狩りはこれからよ」
「リリス様が仕返しすると思ったのでしょうね」
怯えた様子のリリーアリスを示しながら、シトリーが指摘する。得心がいった様子で、リリスはグラスを下げた。彼女の手にあったジュースをそのまま返そうとしたのだが、やはりドレスにかかった以上、魔法陣経由で分離しても捨てた方がよかったのだと頷いた。
だって、もう飲めないものね。
的外れな感想を抱くリリスからグラスを回収したシトリーが、近くのテーブルに置いた。心得た侍女がすぐに片づける。リリスはシトリーが告げた『仕返し』を上から掛ける意味ではなく、無理やり飲まされると解釈した。かなりズレているが、誰も指摘できないまま終わる。
「立てるかしら?」
屈んだリリスの白い手袋越しの助けを、リリーアリスははね退けた。ぱちんと響いた音に、「ひっ」と貴族の間から悲鳴があがる。この場に及んで、まだ抵抗する彼女の姿に、溜め息をついたリリスは扇をぱたんと畳んだ。
「困ったわね……」
怯える獣を手懐ける方法を思い浮かべながら、リリスは身を起こした。とりあえず、床に座るリリーアリスを立たせようと思ったが、震えながら拒絶された状況に唇を尖らせる。困ったと言いながら、助けを求めるようにルシファーへ目を向けた。
「パパ」
「なんだ? リリス」
ついに仮面を外したルシファーが近づいた。その優しい眼差しの先で、リリスは素直に強請った。
「この金魚を無事にガラス鉢に返してあげたいの」
何が何でも『金魚扱い』にして、無事に帰したいと告げるリリスに近づいて、黒髪と額にキスをする。目の前で行われた想い人の他者へ対する愛情表現に、リリーアリスは泣き崩れた。感情がぐちゃぐちゃで何もわからない。
大広間の音楽は止んでおり、しんと静まり返っていた。冷たい目をした貴族がひそひそと噂を始める中、魔王の側近達は自業自得のリリーアリスに眉をひそめる。
アスタロトの以前の予想通り、この騒動の元凶に気づいたのは、水の妖精族の侯爵令嬢ルーシアだった。貴族同士の会話の中で飛び交う情報を収集していた彼女の情報網に、ある貴族令嬢の噂が引っ掛かったのだ。
黄金色の肌、青髪、緑の瞳をもつ辺境伯の一人娘――境遇はイポスに似ている。可愛がられて育った我が侭娘である伯爵令嬢リリーアリスは、かつてリリスの側近候補に名を連ねた娘であり、その際に間近で見たルシファーに恋をした。
よくある話だが、問題はここから先だ。彼女は「魔王妃は幼く、彼女が成婚年齢に達するまでの側妃が必要だ」と主張した。そこに野心を捨てきれない一部の貴族が同調した。この騒動は昨年起きたもので、リリスが成人する16歳で結婚する取り決めの原因でもある。
結果的にリリスは嫁入り年齢が決まり、リリスも魔王も喜んだのだが、リリーアリスは側妃の座を諦められなかった。その恋心が今回の騒動の発端となる。
惚れた人は別の女の子を愛していて、近づこうと意地悪したら断罪騒動に発展し、親まで自分を見放した。最終的に間違いなく嫌われた状況は、彼女が消化できるキャパシティを超える。号泣しながら床に伏せたリリーアリスへ、リリスは取り出したハンカチを侍女経由で渡した。
「簡単だ、余に任せよ」
左腕で優しくリリスを抱き寄せ、右手に描いた魔法陣でリリーアリスを包む。そのまま転移で彼女を消してしまった。
「へ、陛下。声をかける無礼をお許しください。我が娘は……その」
殺されたのか、追放されたか。不安に震える声へ、ルシファーは淡々と答える。
「心配いらぬ。そなたの領地にある屋敷前に転移した」
「……っ、寛大なご配慮に感謝申し上げます。一族の忠誠を魔王陛下に」
最敬礼で感謝を示したラゼル辺境伯が一礼して下がる。仮面をひらひらと手で弄びながら、ルシファーは最後に頼ってくれた愛し子に穏やかな表情を向けた。
「これで狩りはおしまいか?」
満足しただろう? そう尋ねるルシファーは、まったくもって盛大な勘違いしていた。リリスの狩りの獲物は金魚で、この仮面舞踏会で仕留めることを狙っていた――と。
舞踏会開催のお強請りや、執務室で書類を垣間見ていた態度から、舞踏会で何か仕掛けると考えたルシファーとその側近達の予想は、意外な方向に裏切られた。
「何を言ってるの、パパ。狩りはこれからよ」
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