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25章 お嬢様は狩りがお好き

331. 追われた金魚は孤立する

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「……貴女は本当に(頭も心も)可哀想な方ですね。リリス姫のお気遣いを、侮辱扱いするとは」

 呆れたと滲ませたアスタロトの声色に、状況が把握できずにいた鈍い貴族もようやく気づいた。慌てて駆けこんだ金魚令嬢の父親が焦った顔で謝罪する。

「姫様のご慈悲に感謝申し上げます。ほら、頭をさげろ! リリーアリス! お前はなんて騒動を起こすんだ!!」

 辺境伯は仮面を捨てており、最敬礼でリリスに頭をさげた。しかしリリーアリスは納得できず、なぜ父親が他者の面前で恥をかかされるのかと憤慨ふんがいする。その原因に思い至ることもなく。

「お父様! なぜこんな小娘に……っ、うちは辺境伯家なのよ! 拾われっ子なんて」

「黙れ!!」

 パシンと音がして、金魚令嬢リリーアリスの頬が張られた。叩いた父親は、茫然としながら頬を手で覆う娘を引っ張り膝をつかせる。辺境伯という地位は多種族を守る辺境の要であり、膨張し続ける魔の森の境に沿って領地を展開する一族だ。戦うことに長けた種族が選ばれてきた。

 魔族の爵位は基本的に一代限りで、子孫へ自動的に継続することはない。実力がすべての魔族にとって、爵位は実力の証なのだ。親の爵位は、己の実力を示した子孫が奪い取るものと認識されていた。

 一瞬動きかけたルシファーだが、腕を組んで溜息を吐いた。ここは仮面をした魔王がでしゃばる場面ではない。リリスに任せたなら、信頼して見守るのが大人の立場だろう。辺境伯自身が詫びる態度を見せたため、できれば彼は無事に残したいのがルシファーの意向だが、リリスはどうするのか。

 彼女に施された魔王妃教育の成果が、いま試されようとしていた。

「構わないわ、悪いわけじゃないもの」

 わざわざ固有名詞を口にして、父親である辺境伯を庇う言質げんちを与える。これにより彼にとがが及ぶ懸念を払拭したリリスは、口元の扇をひらりと動かした。

「理解できないを責めても仕方ないでしょう?」

 にっこり笑うと、辺境伯は床に崩れ落ちた。心の中は複雑な感情が渦巻いているだろう。愚かな行動をした娘に対する怒り、こんな娘に育てた己への後悔、家の安寧を約束された安堵……父親の立場より、魔族の守護を担う貴族の責任感が勝った彼は、寛大さを見せるリリスにもう一度感謝を述べて床に伏せた。

「リリス様、お身体が冷えてしまいますわ」

「そうね、気遣いありがとう」

 頃合いを見て間に入ったルーサルカの声に、リリスは微笑んで魔法陣を描いた。普段は魔法を多用するリリスだが、魔法陣の勉強をさぼったわけもなく、器用に使い分けている。この場で相応しいのは、優秀さをアピールすることだった。

 ふわりとドレスの裾が風に揺らぎ、時間を巻き戻すように赤黒い液体が彼女の手元に集まる。作り上げた球体を、ルーサルカが用意したグラスへ注いだ。たぷんと揺れるベリージュースは、ワインに似た香りを漂わせる。

「お返ししますわ」

 その言葉に、誰もが次のシーンをこう想像した。この飲み物を、足元の赤いドレスの女に掛けるのだろう……と。 実力で貴族の地位を維持する者はみな気づいていた。これは断罪の場ではなく、許すリリスのための舞台だと。

 大広間の中で気づいていないのは、当事者である金魚令嬢リリーアリスくらいだろう。

 リリスが何度も口にした『金魚』という単語は、彼女をという意味だ。当人は侮辱と捉えたが、そもそも魚扱いならば無礼を咎められない。しかし貴族令嬢が故意にリリス姫に無礼を働けば、間違いなく処断の対象だった。

 たとえ無礼講に近い仮面舞踏会であっても、序列がある貴族社会で、すべての無礼が無条件で許されるわけがない。ましてや相手が魔族女性最上位なのだ。

 リリーアリスが今後も貴族令嬢の地位を望むなら、金魚扱いを受け入れるべきだった。仮面舞踏会という恰好の場が整っているのだから、リリスの言葉を受け入れればいい。素直に引き下がれば、それ以上追う必要はなかった。

 しかし彼女は抗ってしまう。侮辱だと喚いて、仮面を外し己の立場と地位を露わにした。だから父親は慌てたのだ。このままでは娘も辺境伯の地位も危うい。家名取り潰しの懸念はリリスによって晴らされたため、辺境伯は娘の愚かさを嘆きながら引き下がった。

「何っ! きゃーっ!!」
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