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25章 お嬢様は狩りがお好き

329. 無礼者が失礼を咎める喜劇

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「お気になさらず」

 淑女の言葉遣いで、リリスが謝罪を受け入れる。いや、受け入れたように見えた。

「不作法な方だこと」

「わざわざ色の濃い飲み物を所望して、姫君に最後の一滴までかけるため、何もない床で躓くような令嬢に『作法』を求めるのは可哀そうですよ。人族に自制を求めるくらい無理があります」

 歩み寄ったルーサルカが、顔の上半分を隠したレースマスクの下から睨みつけた。素直なルーサルカの言葉に、ダンスパートナーを務めたアスタロトが淡々と切り刻む。3曲目を踊っている途中から、2人は赤い金魚の行動を注視していた。

 己の赤いドレスに似た、赤葡萄とブルーベリーを使った一番色の濃い飲み物を所望し、目の前に翳して嬉しそうに笑った口元。リリスに近づいて、わざとグラスを傾けた行為。その際に何もない平坦な地で躓いたフリをしたが、実際は両足でしっかり床を踏んでいた事実。

 最後の一滴が垂れるまで傾けたグラスに至るまで、悪意しか感じない。さらに謝罪の声は笑いを含んで詫びの意思はなかった。ここまで分かりやすい言動で、に手を出したのは愚かでしかない。

「ごめんなさい、私の言い方が悪かったわ。理解できない方に求めてはいけないのね」

「そうです。ちゃんと理解しないと、腹を立てるだけ損をします」

「なっ……なんですって! 失礼ですわ!!」

 思わず叫んだ金魚令嬢に、集まった貴族達がひそひそと言葉を交わす。不作法な田舎の小娘が、魔族女性最高の地位に就く少女に無礼を働き、されたら逆ギレして開き直った。

「やだ……無礼者が失礼を咎めるなんて」

 大げさに嫌悪感を示したルーシアへ、周囲が同意を示す。無言で睨みつけるもの、剣を抜いて攻撃の意思を示すもの、神龍族の女性は気の毒そうにリリスへハンカチを差し出した。鱗や翼、耳、尻尾などの身体的特徴を剥き出しにして、威嚇する者までいる。

 明らかに自分が悪者になっていく環境に気づいた金魚令嬢は焦った。愛しの魔王様の隣でふんぞり返る高慢な黒髪女に恥をかかせる――その程度の感覚なのに、いつの間にか逆賊扱いで貴族すべての反感を買っている状況は、彼女にとって想定外だ。

「こんな無礼者が、魔王城の舞踏会に入り込むなんて!」

「そうよ、恥を知りなさい!!」

 遠くから甲高い少女の声が扇動するように響いた。ざわめいた貴族達は次々と非難の声を上げ始める。きちんと謝罪しなかった女に対する怒り、もし己のパートナーが犠牲になっていたらという恐怖、魔王妃と明らかにわかる少女への無礼、咎めずに腕を組んでいる魔王への配慮……さまざまな感情が噴き出す。

「かえれ!」

「そうだ、二度と来るな!」

「誰の娘だ?」

「追及は後でよい。捕らえて裏を吐かせろ」

「何らかの謀略かも知れぬ」

 騒動が大きくなっていく大広間に、混乱した女の悲鳴じみた叫びが放たれた。

「私は悪くないわっ!!」

 仮面を取り払った女は「なんで私が責められるのよ! この子なんて運よく陛下に拾われただけじゃない」と盛大に地雷を踏み抜いた。

「そうよ、拾われたのが私だったら……この立場は私のものだったのよ!! ずるいわ」

 それまで無言で見守っていた魔王が、組んでいた腕を解いて前に出る。仮面で顔を隠したルシファーだが、彼を取り巻く魔力は怒りに揺らめき、今にも目の前の女を消し去ろうと濃度を上げた。

か。余はよほど愚かに見えるらしい」

「パパは手を出さないで」

 すでに仮面舞踏会の意義はない。金魚令嬢が仮面を外した時点で、集まった貴族の半数が仮面を外していた。リリスは仮面を外して左手に持つと、赤黒く染められたドレスでルシファーの前に立つ。まるで金魚令嬢を庇うように。
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