324 / 1,397
25章 お嬢様は狩りがお好き
321. 黒歴史もたまには役立つ
しおりを挟む
魔王史は巨大な本で、広げると机を占領するほどのサイズがある。しかも10年ごとに1冊増えるため、その厚さも半端ではない。魔力で浮かせていなければ、1人で運搬するのは不可能だった。
机の上に広げた7265巻は、およそ8000年ほど前の出来事が記されている。これは文官の手によって記された歴史書であり、持ち出しや複製が許されない禁書の一種だった。都合の良い歴史ではなく、事実をありのままに綴った文章を目で追う。
「……懐かしいな」
当時、若くして大公の地位に就いたルキフェルは一部の貴族に疎まれた。妬みが根本にあり、何かにつけて足をひっぱり邪魔をする。そんな彼らに対して怒ったルシファーが、余計な発言をしたのが原因だった。
『ルキフェルに勝てぬ者が足を引くなど愚かしい。余の治世に不要な輩だ』
この言葉が独り歩きした結果、『ルキフェルに勝たねば不要であり殺される』に変化した。大公に任じられるほどの実力者を負かせる貴族はいない。それだけの実力があるから大公の地位を与えられたのだ。
魔王の魔力が込められた言葉には言霊が宿るため、容易に撤回もできない。しかもルシファー本人はオレは間違っていないと言い切り、撤回を渋ったのだ。誓約ではないが、それに近い状況を作り出してしまった。
親魔王派貴族によるルキフェル排除派の粛清が始まり、一時期歴史書が赤く染まるほど殺戮が横行した。事態の鎮静化は望むが己の発言は撤回しないルシファーに、アスタロト達側近が提案したのが内容の挿げ替えだった。
『魔王の言葉に異を唱えてルキフェルを害する輩は、魔王の裁きを受ける』
内容は似ているが、言い回しが変わっただけで貴族の反発が減った。まず親魔王派は冷静になり、魔王の言葉を侮った者以外に手を出さなくなる。同時にルキフェルを妬んだ者らは、ルシファーの裁きを恐れて口をつぐんだ。それから1200年ほどで実績を積んだルキフェルは名実ともに認められ、貴族からの表立った反感も消えた。
事例としてはかなり違うが、これを手本に内容を挿げ替えるしかない。そもそも誓約が厄介なのは、破ると魔力が激減することだ。数万年単位で元に戻るが、長い間魔王の魔力が不足するのは問題があった。
以前に魔力の流れが乱れた時と違い、激痛が伴わないのは救いだが……長い年月誓約による魔力制限を受けたら、当然他の種族や貴族たちにバレる。魔族の平和は、絶対君主で最強とされる『純白の魔王』あってこそだ。
一番の安全策を考えるなら、魔王ルシファーが舞踏会を我慢すれば済むのだが……。まあ無理だろうと側近達は諦め気分だった。
「リリスの15歳でデビューは変更できない」
ここが誓約の中心なので、読み換えは不可能だ。すでにあれこれ調整しようとして失敗したアスタロトが、淡々と抜け道を提案した。
「仮面舞踏会としましょう。顔を隠すことで、デビュー前の少女も参加が可能です。幸いにして最近は顔を隠した舞踏会が流行っておりますから、怪しまれずに済むでしょう」
「なるほど」
社交界デビューしていない子女は、正式な舞踏会に参加することができない。これは魔王城有史以来の決まりなので変更は難しかった。その上リリスのデビューも出来ないとなれば、仮面舞踏会はぎりぎりの手段だ。
「問題もあります。魔王陛下と魔王妃候補の姫が身分を隠して参加する形になるため、何らかの騒動は予想すべきでしょう」
リリスと知らずに声をかける貴族の子弟や、魔王と知りつつ仮面を理由にダンスを強請るご令嬢を想定しなければならない。常にベールやアスタロトが付き添う手もあるが、完璧ではなかった。
「簡単よ。最初に入場の場で言ってしまえばいいわ。『魔王陛下のお成り』ってね」
話を吟味したリリスの言葉に、ベールは「良い手ですね」と賛同した。魔王であるルシファーは仮面舞踏会で正体がバレていても問題ない。ならば、一緒に腕を組んで入場する姫君が誰か――言葉にしなくても、参加者は理解するだろう。手を出す愚か者の懸念を大幅に減らせる。
「賢くて可愛いなんて、リリスは最高のお嫁さんだ」
褒めるルシファーの手をとって、リリスは嬉しそうに頷いた。
机の上に広げた7265巻は、およそ8000年ほど前の出来事が記されている。これは文官の手によって記された歴史書であり、持ち出しや複製が許されない禁書の一種だった。都合の良い歴史ではなく、事実をありのままに綴った文章を目で追う。
「……懐かしいな」
当時、若くして大公の地位に就いたルキフェルは一部の貴族に疎まれた。妬みが根本にあり、何かにつけて足をひっぱり邪魔をする。そんな彼らに対して怒ったルシファーが、余計な発言をしたのが原因だった。
『ルキフェルに勝てぬ者が足を引くなど愚かしい。余の治世に不要な輩だ』
この言葉が独り歩きした結果、『ルキフェルに勝たねば不要であり殺される』に変化した。大公に任じられるほどの実力者を負かせる貴族はいない。それだけの実力があるから大公の地位を与えられたのだ。
魔王の魔力が込められた言葉には言霊が宿るため、容易に撤回もできない。しかもルシファー本人はオレは間違っていないと言い切り、撤回を渋ったのだ。誓約ではないが、それに近い状況を作り出してしまった。
親魔王派貴族によるルキフェル排除派の粛清が始まり、一時期歴史書が赤く染まるほど殺戮が横行した。事態の鎮静化は望むが己の発言は撤回しないルシファーに、アスタロト達側近が提案したのが内容の挿げ替えだった。
『魔王の言葉に異を唱えてルキフェルを害する輩は、魔王の裁きを受ける』
内容は似ているが、言い回しが変わっただけで貴族の反発が減った。まず親魔王派は冷静になり、魔王の言葉を侮った者以外に手を出さなくなる。同時にルキフェルを妬んだ者らは、ルシファーの裁きを恐れて口をつぐんだ。それから1200年ほどで実績を積んだルキフェルは名実ともに認められ、貴族からの表立った反感も消えた。
事例としてはかなり違うが、これを手本に内容を挿げ替えるしかない。そもそも誓約が厄介なのは、破ると魔力が激減することだ。数万年単位で元に戻るが、長い間魔王の魔力が不足するのは問題があった。
以前に魔力の流れが乱れた時と違い、激痛が伴わないのは救いだが……長い年月誓約による魔力制限を受けたら、当然他の種族や貴族たちにバレる。魔族の平和は、絶対君主で最強とされる『純白の魔王』あってこそだ。
一番の安全策を考えるなら、魔王ルシファーが舞踏会を我慢すれば済むのだが……。まあ無理だろうと側近達は諦め気分だった。
「リリスの15歳でデビューは変更できない」
ここが誓約の中心なので、読み換えは不可能だ。すでにあれこれ調整しようとして失敗したアスタロトが、淡々と抜け道を提案した。
「仮面舞踏会としましょう。顔を隠すことで、デビュー前の少女も参加が可能です。幸いにして最近は顔を隠した舞踏会が流行っておりますから、怪しまれずに済むでしょう」
「なるほど」
社交界デビューしていない子女は、正式な舞踏会に参加することができない。これは魔王城有史以来の決まりなので変更は難しかった。その上リリスのデビューも出来ないとなれば、仮面舞踏会はぎりぎりの手段だ。
「問題もあります。魔王陛下と魔王妃候補の姫が身分を隠して参加する形になるため、何らかの騒動は予想すべきでしょう」
リリスと知らずに声をかける貴族の子弟や、魔王と知りつつ仮面を理由にダンスを強請るご令嬢を想定しなければならない。常にベールやアスタロトが付き添う手もあるが、完璧ではなかった。
「簡単よ。最初に入場の場で言ってしまえばいいわ。『魔王陛下のお成り』ってね」
話を吟味したリリスの言葉に、ベールは「良い手ですね」と賛同した。魔王であるルシファーは仮面舞踏会で正体がバレていても問題ない。ならば、一緒に腕を組んで入場する姫君が誰か――言葉にしなくても、参加者は理解するだろう。手を出す愚か者の懸念を大幅に減らせる。
「賢くて可愛いなんて、リリスは最高のお嫁さんだ」
褒めるルシファーの手をとって、リリスは嬉しそうに頷いた。
23
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる