322 / 1,397
25章 お嬢様は狩りがお好き
319. そうだ! 舞踏会を開こう
しおりを挟む
「舞踏会を開こうと思う!」
本日最後の書類にサインをするなり、ルシファーは満面の笑みで提案する。サインの横に大きな印章が押されて、完成した書類を受け取るアスタロトが首を傾げた。
「突然どうされました?」
数年前に「面倒だからしばらく中止」を命じたのは、目の前にいる魔王本人だ。まだリリスが幼かったこともあり、参加したルシファーの元へダンスの誘いが殺到した。本人はけんもほろろに断ったが、よほど鬱陶しかったのだろう。
魔王城での開催は中止を宣言したため、今は各貴族家がそれぞれに夜会を開くのが一般的だ。
舞踏会や夜会の一番の目的は、種族同士の友好を深め、他種族を理解し、何よりも適齢期の子供達の結婚相手を探すことだった。そのため婚活パーティーと化した夜会には、種族限定の集いや仮面舞踏会など怪しげなものも開催されている。
顔を知らずに知り合って相性が良ければ結婚を考える仮面舞踏会は、確かに異種族同士の婚活に一役買っているらしい。普段は接点がない種族同士での結婚が増えたのだ。
魔族の婚姻は、片親の特性のみ引き継いだ子が生まれるので、魔族の結婚に種族の壁はなかった。例えば竜族と鳳凰が結婚しても、生まれる子は鳳凰かドラゴンのどちらかで、鳳凰の特性を持ったドラゴンが生まれた事例はない。混血が可能なのは魔族と人族の間だけだった。
「うん、リリスが一緒に踊りたいって」
幼い口調に戻ってご機嫌で告げたルシファーは、そのあと一人で照れた。絶世の美貌から色気を無駄に垂れ流すのは、周囲の目の毒なのでやめて欲しい。見慣れたアスタロトでさえ、ちょっと誘惑されそうだ。
「リリス嬢と踊るなら、舞踏会でなくとも……そうですね、練習に付き合うなどの方法もありますよ」
出来るだけ周囲に被害をもたらさない方法を提案したが、うっとりした顔の魔王様は聞いていない。それどころか、意識はすでに開催前の舞踏会会場へ飛んでいた。
「黒髪に真珠を散らして、いや……可憐な白薔薇でもいい。ドレスは彼女の好きなピンク? 柔らかな緑もいいな。いっそアイボリーも。公的な場だと考えるとシックな色も悪くない」
「陛下……聞いておられますか? ルシファー様!」
「ん?」
「ドレス選びより先に、舞踏会に必要な招待状や料理の手配もありますし……すぐには無理ですから」
きょとんとした顔でアスタロトを見上げたルシファーは、机の上に肘をついた。その手に顎を乗せて、不思議そうに呟く。
「以前は簡単そうに開催してたが、今回はそんなに大変なのか?」
「っ……ここ数年は開催していませんでしたからね」
思わぬ反撃に一瞬言葉が詰まる。確かに魔王城の侍従や侍女は舞踏会や夜会慣れしていた。以前は魔王ルシファーの御世が安泰なのを祝って、なんだかんだと開催されてきた経緯がある。専門の担当事務官もいるので、命令すれば明日にも開催は可能だった。
だが問題がひとつある。
「ルシファー様、昨年は大きな事故や災害がありましたので」
遠回しに舞踏会はもう少し延期したらどうかと意見する。アスタロトの赤い瞳を見ながら、ルシファーは無邪気に言い放った。
「何をおかしなことを。前に8年ほど雨が止まずに大騒ぎになったが、あの年もパーティーをしてたじゃないか。えっと……厄払い、だったか。今回もそれに該当するだろう」
余計なことばかり記憶力を発揮する主人ににっこり笑い、アスタロトは一度引き下がった。
「かしこまりました。ではベール大公と相談してきますね」
「頼んだ」
ひるむ様子のないルシファーの手元から書類をすべて回収して部屋を出るアスタロトの表情は、苦々しい感情を隠せずにいた。笑顔で扉を閉めた直後、執務室の扉を守る衛兵は「ひっ」と悲鳴を上げる。それほどにアスタロトの表情は険しい。
「……なんとかしなくては」
足早にベールとルキフェルの執務室へ向かうアスタロトの背中を見送った衛兵達は、恐怖が去った安堵から扉に寄り掛かり、最終的に床へ座り込んだ。「怖かった」と口を揃えた衛兵の姿から、城下町ダークプレイスには舞踏会開催通知に合わせた新しい噂が広がる。
曰く「魔王陛下がアスタロト大公閣下にダンスを申し込み、手ひどく断られたようだ」と。
本日最後の書類にサインをするなり、ルシファーは満面の笑みで提案する。サインの横に大きな印章が押されて、完成した書類を受け取るアスタロトが首を傾げた。
「突然どうされました?」
数年前に「面倒だからしばらく中止」を命じたのは、目の前にいる魔王本人だ。まだリリスが幼かったこともあり、参加したルシファーの元へダンスの誘いが殺到した。本人はけんもほろろに断ったが、よほど鬱陶しかったのだろう。
魔王城での開催は中止を宣言したため、今は各貴族家がそれぞれに夜会を開くのが一般的だ。
舞踏会や夜会の一番の目的は、種族同士の友好を深め、他種族を理解し、何よりも適齢期の子供達の結婚相手を探すことだった。そのため婚活パーティーと化した夜会には、種族限定の集いや仮面舞踏会など怪しげなものも開催されている。
顔を知らずに知り合って相性が良ければ結婚を考える仮面舞踏会は、確かに異種族同士の婚活に一役買っているらしい。普段は接点がない種族同士での結婚が増えたのだ。
魔族の婚姻は、片親の特性のみ引き継いだ子が生まれるので、魔族の結婚に種族の壁はなかった。例えば竜族と鳳凰が結婚しても、生まれる子は鳳凰かドラゴンのどちらかで、鳳凰の特性を持ったドラゴンが生まれた事例はない。混血が可能なのは魔族と人族の間だけだった。
「うん、リリスが一緒に踊りたいって」
幼い口調に戻ってご機嫌で告げたルシファーは、そのあと一人で照れた。絶世の美貌から色気を無駄に垂れ流すのは、周囲の目の毒なのでやめて欲しい。見慣れたアスタロトでさえ、ちょっと誘惑されそうだ。
「リリス嬢と踊るなら、舞踏会でなくとも……そうですね、練習に付き合うなどの方法もありますよ」
出来るだけ周囲に被害をもたらさない方法を提案したが、うっとりした顔の魔王様は聞いていない。それどころか、意識はすでに開催前の舞踏会会場へ飛んでいた。
「黒髪に真珠を散らして、いや……可憐な白薔薇でもいい。ドレスは彼女の好きなピンク? 柔らかな緑もいいな。いっそアイボリーも。公的な場だと考えるとシックな色も悪くない」
「陛下……聞いておられますか? ルシファー様!」
「ん?」
「ドレス選びより先に、舞踏会に必要な招待状や料理の手配もありますし……すぐには無理ですから」
きょとんとした顔でアスタロトを見上げたルシファーは、机の上に肘をついた。その手に顎を乗せて、不思議そうに呟く。
「以前は簡単そうに開催してたが、今回はそんなに大変なのか?」
「っ……ここ数年は開催していませんでしたからね」
思わぬ反撃に一瞬言葉が詰まる。確かに魔王城の侍従や侍女は舞踏会や夜会慣れしていた。以前は魔王ルシファーの御世が安泰なのを祝って、なんだかんだと開催されてきた経緯がある。専門の担当事務官もいるので、命令すれば明日にも開催は可能だった。
だが問題がひとつある。
「ルシファー様、昨年は大きな事故や災害がありましたので」
遠回しに舞踏会はもう少し延期したらどうかと意見する。アスタロトの赤い瞳を見ながら、ルシファーは無邪気に言い放った。
「何をおかしなことを。前に8年ほど雨が止まずに大騒ぎになったが、あの年もパーティーをしてたじゃないか。えっと……厄払い、だったか。今回もそれに該当するだろう」
余計なことばかり記憶力を発揮する主人ににっこり笑い、アスタロトは一度引き下がった。
「かしこまりました。ではベール大公と相談してきますね」
「頼んだ」
ひるむ様子のないルシファーの手元から書類をすべて回収して部屋を出るアスタロトの表情は、苦々しい感情を隠せずにいた。笑顔で扉を閉めた直後、執務室の扉を守る衛兵は「ひっ」と悲鳴を上げる。それほどにアスタロトの表情は険しい。
「……なんとかしなくては」
足早にベールとルキフェルの執務室へ向かうアスタロトの背中を見送った衛兵達は、恐怖が去った安堵から扉に寄り掛かり、最終的に床へ座り込んだ。「怖かった」と口を揃えた衛兵の姿から、城下町ダークプレイスには舞踏会開催通知に合わせた新しい噂が広がる。
曰く「魔王陛下がアスタロト大公閣下にダンスを申し込み、手ひどく断られたようだ」と。
23
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる