上 下
314 / 1,397
24章 戦後の暴走、ひと騒動

311. パンドラの箱を回収せよ!

しおりを挟む
 穏やかな日差しを浴びながら、ルシファーは遠い目をしていた。

「陛下、パンドラの箱を取り返してください」

「やだぁ」

「危険だから封印した物を与えるなど……何を考えていらしたのか」

 進言するベールに、拒絶するリリス。後ろから呆れ声でアスタロトが止めを差す。すっかり元通りになった側近の逞しさに、喜んだらいいのか。それとも少しは反省しろと沈めた方がいいのか。ルシファーは板挟みだった。

 ここでアスタロトを追い討ちしたら、間違いなく返り討ちにされる気がする。そのため反論できずに、ルシファーは流れる空の雲を見ていた。

「陛下、聞いておられますか?」

「……聞こえてる」

 聞いていないが、聞こえている。視線を戻すと、腕の中のリリスは『お菓子が湧き出る魔法の箱』を大切そうに抱きしめていた。これを取り上げるのは嫌われそうだ。

「リリス、他にもお菓子がでる宝石箱があるから交換しようか」

「やだ」

 妥協案も蹴られてしまう。執務室の外はよい天気で、外で昼寝なんてしたいと現実逃避を始めた。戦というより、一方的な駆除も終わったことだし……あと数年は勇者騒動どころではないだろう。人族も落ち着いたことだし、ここは視察なんていいかもしれない。

 完全に逃げに走るルシファーの思考に気づいたアスタロトが、大げさに嘆いてみせた。

「側近の私が不甲斐ないばかりに、魔王陛下は私の進言すら聞いていただけないのですね」

 舌打ちしたい気分で、逃避していた意識を引き戻す。暴走事件後は、何かにつけて自虐して嘆く手法を身につけた、アスタロトの狡猾さに内心で舌打ちしながら、リリスの手に握られた宝石箱に眉尻を下げた。

「リリス、その箱は悪魔が出るぞ」

 お化けが出るぞ感覚で脅せば返すと考えたが、リリスは逆に目を輝かせた。両手をぶんぶん振るので、危険を感じて指先を掴んでしまう。

「出たら、どかんして捕まえるの!」

「あ……ああ、そうか。いや……前にオレが退治してるから出ないかも」

 前言撤回である。敗走を続けるルシファーの『パンドラの箱回収作戦』は、これで15回目の失敗だった。無理やり奪うことは可能だが、泣いて怒るリリスに嫌われるのが恐くて手が出せない。

「こっちの箱はどうだ? 一度にたくさんのお菓子が出るぞ!」

 別の宝石箱を引っ張り出す。魔王城の宝物庫は危険な封印物が多数あるため、収納魔法で片づけて忘れていた箱をみせた。これは危険な曰くはなかったはずだ。

 透かし彫りの黄金の内側は、色とりどりの宝石がはめ込まれている。カラフルで美しい箱の中は幻想的で、ステンドグラスのようだった。窓から入る日差しに、埋め込まれた紅石ルビー青玉サファイヤ緑柱石エメラルドが光る。

 リリスによく見えるよう目の前に掲げた。色石を通した光が、リリスの白い肌に模様を描く。花や氷など自然物の形に透かした黄金の箱は、芸術品としても一級品だった。

「きれぇね」

「交換しよう」

「……でも」

 初めてリリスが迷うそぶりで口ごもった。パンドラの箱と、一回り大きな透かし彫りの箱を見比べる。交換してくれるかもしれないので、箱に魔法陣を付与してお菓子が出るように大急ぎで加工した。開いて閉じてを繰り返すと、一度に3個ずつお菓子が出る。

「ほら、お菓子がでるだろ?」

 息をのんで見守る側近達の前で、リリスは「うーん」と指をくわえて考え込んだ。彼女は気づいているのだ。そこまでして交換したがるなら、手にした箱の方が価値があるのではないか? と。

「お菓子、ずっと出る?」

「オレの魔力があるかぎり、ずっとだ」

「なら交換してあげる」

 にっこり笑って、手にした金剛石の箱を差し出したリリスに「ありがとう」とお礼を言って、気が変わる前に受け取った箱をしまった。目の前から消してしまえば、もう返せと言われてもこっちの勝ちだ。黄金の透かし彫りの箱を両手で抱えたリリスは、箱をぶんぶんと縦に振った。

「パパ、お菓子!」

「蓋を開け閉めしてご覧」

 開けると3枚の焼き菓子が入っていた。目を輝かせて中身を出し、ルシファー、アスタロト、ベールに1枚ずつ渡す。すぐに蓋を閉めて、次に出てきた飴細工に頬を緩めた。花の形をした飴を口に放り込み、幸せそうに笑う。

「陛下、ところでこのお菓子の出所は……」

「ちゃんと私費で払ってるぞ」

 自分のポケットマネーだと言い切ったルシファーだが、後日ベルゼビュート経由で公費横領を指摘されて、大公総掛かりで叱られる羽目になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

処理中です...