303 / 1,397
23章 魔王の逆鱗を引っぺがす暴挙
300. 雨の予感と不躾な乱入者
しおりを挟む
逃げることもできず王侯貴族が血の海に沈んだ頃、ベールは軍の指揮を分散して対応していた。各所からあがる報告を纏めながら、次々と指示を出す。魔王軍が結集した丘の上を指揮所として、2つの都市の状況を空中に投影する。
逃げ惑う人々を襲う魔族側に、ほとんど損傷は出ていない。もとが1対1ならば比較にならない能力を誇る魔王軍の精鋭達だ。冒険者を名乗る腕に覚えのある者が相手でも、正面から切り伏せていった。予定通りの制圧ぶりに、これならば夜明け前に趨勢は決すると判断する。
ふわりと舞い降りた血塗れの吸血鬼に、魔王軍総指揮官は視線を向けた。すぐ隣に着地したアスタロトの服から血と別の何かが香る。
「手伝いましょうか?」
「……落ち着きましたか。でしたら南の都市をお願いします」
真っ赤に濡れた返り血を誇るようなアスタロトを上から下まで見て、その穏やかな口調と微笑みにベールは応じた。どうやら「俺」から「私」に戻っているようだ。ゾンビ騒動を起こした都の殲滅に加わって欲しいと要請され、アスタロトは静かに頷いた。
「陛下には私からお伝えしておきます」
「お願いします。それとこれを預けますので、ルキフェルに渡してください」
教会から奪った書物を取り出して、ベールに差し出す。ちらりと表紙の文字を見たベールが無言で受け取った。手元に小さな魔法陣を作ると本を転送する。
自分でも出来ることを任せるアスタロトに違和感を感じて首をかしげれば、金髪に飛んだ血を指先で拭う吸血鬼王は肩を竦めた。
「ちょっと聖水を浴びまして」
ベールは幻獣系なので臭いを気にしないが、魔獣や精霊のベルゼビュートなら顔をしかめる臭いを纏っている。おかげで魔力の一部を封じられた状態だった。この場所にも転移ではなく飛んで現れたのだ。聖水による不便さすら楽しんでいる男へ、ベールは呆れ顔で肩を竦めた。
「こちらを」
ぱちんと指を鳴らしたベールの呼び出した魔法陣が、穢れを洗い流す。浄化を使用すると危険な種族用に、ルキフェルが開発した魔法陣だった。聖水や血など、付着していた不純物を取り除いた魔法陣が消えると、アスタロトは確かめるように数歩の距離で転移を使う。
問題なく魔力が発動することに目を瞠った。
「素晴らしいですね」
「ルキフェルの開発品です。複写していくつか持って行ってください」
可愛がっている子供が褒められて嬉しそうなベールが、魔法陣をいくつか呼び出してアスタロトに渡す。感謝を口にしてアスタロトは遠慮なく受け取った。また聖水をかけられたり血を踏む可能性もあるので、備えは万全にしておく。
「私は向こうの都を片づけてきます」
血も聖水も落としたアスタロトは、普段の落ち着いた側近としての顔を崩さずに一礼して消えた。彼の転移魔法陣が消滅するのを待って、ベールは口元に笑みを浮かべる。
「雨が降るまでに終わらせたいですね」
濡れるのをことさら嫌うベールは、今にも降り出しそうな夜空を見上げる。湿った風が吹く丘は、夜明け後に雨が降ると予告するようだった。
「見つけたぞ! この悪魔めっ!!」
冒険者だろうか。革鎧の数人がベールの前へ飛び出す。角や牙を解放していたアスタロトが消えたことで、強気になったのか。先ほどから無視し続けた気配の主を、興味なさそうにベールは一瞥してまた空へ視線を戻した。
彼にとっては空模様の方がよほど気になる。
「その余裕がいつまでもつか、確かめてやる!!」
叫ぶ剣士を見ながら、ベールは溜め息をついた。頭の悪い犬でもあるまいに、きゃんきゃん喚かず攻撃できないのか? そもそも上位者の実力すら見極められない無能が、上から目線で何をほざくか。
眉をひそめたベールは、ようやく剣士達に向き直った。魔術師らしき2人と白い服の女、剣士2人だ。剣先を向ける男が斬りかかった。無造作に右手を掲げて剣を弾く。指より長い爪が短剣のように月光に輝いた。
逃げ惑う人々を襲う魔族側に、ほとんど損傷は出ていない。もとが1対1ならば比較にならない能力を誇る魔王軍の精鋭達だ。冒険者を名乗る腕に覚えのある者が相手でも、正面から切り伏せていった。予定通りの制圧ぶりに、これならば夜明け前に趨勢は決すると判断する。
ふわりと舞い降りた血塗れの吸血鬼に、魔王軍総指揮官は視線を向けた。すぐ隣に着地したアスタロトの服から血と別の何かが香る。
「手伝いましょうか?」
「……落ち着きましたか。でしたら南の都市をお願いします」
真っ赤に濡れた返り血を誇るようなアスタロトを上から下まで見て、その穏やかな口調と微笑みにベールは応じた。どうやら「俺」から「私」に戻っているようだ。ゾンビ騒動を起こした都の殲滅に加わって欲しいと要請され、アスタロトは静かに頷いた。
「陛下には私からお伝えしておきます」
「お願いします。それとこれを預けますので、ルキフェルに渡してください」
教会から奪った書物を取り出して、ベールに差し出す。ちらりと表紙の文字を見たベールが無言で受け取った。手元に小さな魔法陣を作ると本を転送する。
自分でも出来ることを任せるアスタロトに違和感を感じて首をかしげれば、金髪に飛んだ血を指先で拭う吸血鬼王は肩を竦めた。
「ちょっと聖水を浴びまして」
ベールは幻獣系なので臭いを気にしないが、魔獣や精霊のベルゼビュートなら顔をしかめる臭いを纏っている。おかげで魔力の一部を封じられた状態だった。この場所にも転移ではなく飛んで現れたのだ。聖水による不便さすら楽しんでいる男へ、ベールは呆れ顔で肩を竦めた。
「こちらを」
ぱちんと指を鳴らしたベールの呼び出した魔法陣が、穢れを洗い流す。浄化を使用すると危険な種族用に、ルキフェルが開発した魔法陣だった。聖水や血など、付着していた不純物を取り除いた魔法陣が消えると、アスタロトは確かめるように数歩の距離で転移を使う。
問題なく魔力が発動することに目を瞠った。
「素晴らしいですね」
「ルキフェルの開発品です。複写していくつか持って行ってください」
可愛がっている子供が褒められて嬉しそうなベールが、魔法陣をいくつか呼び出してアスタロトに渡す。感謝を口にしてアスタロトは遠慮なく受け取った。また聖水をかけられたり血を踏む可能性もあるので、備えは万全にしておく。
「私は向こうの都を片づけてきます」
血も聖水も落としたアスタロトは、普段の落ち着いた側近としての顔を崩さずに一礼して消えた。彼の転移魔法陣が消滅するのを待って、ベールは口元に笑みを浮かべる。
「雨が降るまでに終わらせたいですね」
濡れるのをことさら嫌うベールは、今にも降り出しそうな夜空を見上げる。湿った風が吹く丘は、夜明け後に雨が降ると予告するようだった。
「見つけたぞ! この悪魔めっ!!」
冒険者だろうか。革鎧の数人がベールの前へ飛び出す。角や牙を解放していたアスタロトが消えたことで、強気になったのか。先ほどから無視し続けた気配の主を、興味なさそうにベールは一瞥してまた空へ視線を戻した。
彼にとっては空模様の方がよほど気になる。
「その余裕がいつまでもつか、確かめてやる!!」
叫ぶ剣士を見ながら、ベールは溜め息をついた。頭の悪い犬でもあるまいに、きゃんきゃん喚かず攻撃できないのか? そもそも上位者の実力すら見極められない無能が、上から目線で何をほざくか。
眉をひそめたベールは、ようやく剣士達に向き直った。魔術師らしき2人と白い服の女、剣士2人だ。剣先を向ける男が斬りかかった。無造作に右手を掲げて剣を弾く。指より長い爪が短剣のように月光に輝いた。
23
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる