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23章 魔王の逆鱗を引っぺがす暴挙
289. 魔力を封じる魔法陣
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飛び込んだ魔法陣から別の場所に転移し、そこから強制転移させられた。リリスを追うために逆らわず流されると、最後の部屋は地下室らしい。
以前にゾンビの出口に落ちた時もそうだが、人族は後ろめたいことをする時に地下室を好む傾向があるようだ。音や光が漏れないから都合がいいのかも知れない。
納得しながら着地する。足元には気を失った4人の少女と、困惑したリリスがいた。リリスは目の前の人族の前に立ちはだかり、4人を守るように両手を広げている。後ろに現れた気配に振り返り、くしゃりと顔を歪めた。
「パパっ!」
「リリス、無事か? ケガは? どこか痛くないか?」
「うん、でもみんな起きないの。どうしよ……パパ」
半泣きのリリスが抱き着いてくる。ルシファーが到着するまでにタイムラグがあったとすれば、その間一人で不安に耐えたのだろう。ぐすぐす鼻をすすりながら、黒衣にしがみ付いて顔を上げない。膝をついてリリスを抱きしめた。
「貴様はっ、魔王か?!」
「どういうことだ? 実験は失敗なのか」
騒ぐ外野がうるさくて結界を張ろうとして、違和感に気づいた。魔力が外へ出せない。内側をめぐる魔力に狂いはないのに、外へ放出できなかった。これでは結界はもちろん、魔法も使えないだろう。
「魔法がなければ、魔王を倒せるぞ!!」
「勇者を呼べ!」
騒ぐ人間を見回し、眉をひそめる。かび臭さが充満した部屋は、石を積んで作られたらしい。閉鎖された空間は、奥の扉ひとつしか出入口が存在しなかった。家具もなく、武装した兵士と魔術師らしきローブ姿の男女が騒いでいる。
「何をしてたか知らないが、くだらない実験なのは確かだな」
足元の魔法陣を読み解きながら呟く。物理的に消されたり改変されぬよう、石に刻む形で魔法陣が埋め込まれていた。そこに人か獣の血を流して発動のきっかけにしたようだ。少し先に青ざめた女が数人倒れている。
どうやら人の血を使用したらしい。同族を犠牲にしてまで行う実験に、何の価値を見出そうとしたのか。人族はいつの世も愚かな失敗を繰り返す、すこし知能の高い猿に過ぎない。だから許してきた。見逃したのに……。
「ここまで愚かだったとは」
王族の関与の有無も、まっとうに生きる人々の存在も、どうでもよかった。
魔王であるルシファーは、己に庇護を求めた種族以外に興味はない。人族が何をしようが、魔族に危害を加えなければ放置してきた。そのツケがこれか?
暗い室内は空気が淀み、血の鉄さびた臭いが満ちる。四方の壁と天井の魔法陣は転移に関するものらしい。どうやら複数の転移を自動的に行うための制御装置として描かれたのだろう。血が流された足元の魔法陣のみ、魔力を封じる効力を発していた。
一発勝負の賭けだ。もしルシファーが翼を出しており、魔法陣に触れずに宙に浮いていたら発動対象にならない。翼をもたないルーサルカは別として、妖精であるルーシアや竜のレライエ、鳥人族のシトリーは飛べた。
今回は魔法陣の効力に中てられて倒れているが、警戒した彼女らが宙に浮いた状態で転移すれば、この魔法陣は無力だった。空から雷や風で穴を穿てば、それで効力を失う程度の魔法陣なのだ。
「地に足をつけた時点で、貴様の負けだ。魔王!」
偉そうに飛び込んできた青年が叫ぶ。その手に握られた剣に目を細めた。あれは魔剣の一種だ。かつて誇り高き初代勇者が揮い、敬意を表したルシファーが手放した武器のひとつだった。
この程度の、勇者の紋章すら得られぬ男が手にして良い剣ではない。高ぶる感情が口元に笑みを浮かべさせた。リリスを抱き上げて、足元の少女達を庇うために前に立つ。
「リリス、少し目を閉じよ」
「……ルカ達は?」
「余の民だ、守るさ」
魔王位を継いだ頃は、この話し方が板についていた。魔剣が呼び起こした記憶のままに、感情や口調が当時に釣られて変化する。ぎゅっと首元に抱き着いたリリスが白い髪に顔を埋めるのを確かめ、彼女の黒髪をゆっくり指で梳いた。
「配下を守ったその姿勢、評価に値する。立派だぞ、リリス」
褒められたリリスの腕が、さらに首に絡みついた。本当なら疲れきった彼女を眠らせてやりたいが、睡眠誘導の魔法も使えないだろう。
整いすぎた顔は表情を削ぎ落し、銀の瞳が人族を睥睨する。冷たい眼差しと威圧に、勇者の足が震えて一歩下がった。この程度の男を勇者と祭り上げ、余にぶつけようというのか。愚かな人族の浅慮に、ルシファーの感情は凍り付いていく。
目の前で騒ぐ獣風情に配慮は不要だ。遠慮も情けも必要ない。魔法が使えなくとも、身の内の魔力が壊れたわけではない。失われない強大な魔力をゆったりと高めた。
以前にゾンビの出口に落ちた時もそうだが、人族は後ろめたいことをする時に地下室を好む傾向があるようだ。音や光が漏れないから都合がいいのかも知れない。
納得しながら着地する。足元には気を失った4人の少女と、困惑したリリスがいた。リリスは目の前の人族の前に立ちはだかり、4人を守るように両手を広げている。後ろに現れた気配に振り返り、くしゃりと顔を歪めた。
「パパっ!」
「リリス、無事か? ケガは? どこか痛くないか?」
「うん、でもみんな起きないの。どうしよ……パパ」
半泣きのリリスが抱き着いてくる。ルシファーが到着するまでにタイムラグがあったとすれば、その間一人で不安に耐えたのだろう。ぐすぐす鼻をすすりながら、黒衣にしがみ付いて顔を上げない。膝をついてリリスを抱きしめた。
「貴様はっ、魔王か?!」
「どういうことだ? 実験は失敗なのか」
騒ぐ外野がうるさくて結界を張ろうとして、違和感に気づいた。魔力が外へ出せない。内側をめぐる魔力に狂いはないのに、外へ放出できなかった。これでは結界はもちろん、魔法も使えないだろう。
「魔法がなければ、魔王を倒せるぞ!!」
「勇者を呼べ!」
騒ぐ人間を見回し、眉をひそめる。かび臭さが充満した部屋は、石を積んで作られたらしい。閉鎖された空間は、奥の扉ひとつしか出入口が存在しなかった。家具もなく、武装した兵士と魔術師らしきローブ姿の男女が騒いでいる。
「何をしてたか知らないが、くだらない実験なのは確かだな」
足元の魔法陣を読み解きながら呟く。物理的に消されたり改変されぬよう、石に刻む形で魔法陣が埋め込まれていた。そこに人か獣の血を流して発動のきっかけにしたようだ。少し先に青ざめた女が数人倒れている。
どうやら人の血を使用したらしい。同族を犠牲にしてまで行う実験に、何の価値を見出そうとしたのか。人族はいつの世も愚かな失敗を繰り返す、すこし知能の高い猿に過ぎない。だから許してきた。見逃したのに……。
「ここまで愚かだったとは」
王族の関与の有無も、まっとうに生きる人々の存在も、どうでもよかった。
魔王であるルシファーは、己に庇護を求めた種族以外に興味はない。人族が何をしようが、魔族に危害を加えなければ放置してきた。そのツケがこれか?
暗い室内は空気が淀み、血の鉄さびた臭いが満ちる。四方の壁と天井の魔法陣は転移に関するものらしい。どうやら複数の転移を自動的に行うための制御装置として描かれたのだろう。血が流された足元の魔法陣のみ、魔力を封じる効力を発していた。
一発勝負の賭けだ。もしルシファーが翼を出しており、魔法陣に触れずに宙に浮いていたら発動対象にならない。翼をもたないルーサルカは別として、妖精であるルーシアや竜のレライエ、鳥人族のシトリーは飛べた。
今回は魔法陣の効力に中てられて倒れているが、警戒した彼女らが宙に浮いた状態で転移すれば、この魔法陣は無力だった。空から雷や風で穴を穿てば、それで効力を失う程度の魔法陣なのだ。
「地に足をつけた時点で、貴様の負けだ。魔王!」
偉そうに飛び込んできた青年が叫ぶ。その手に握られた剣に目を細めた。あれは魔剣の一種だ。かつて誇り高き初代勇者が揮い、敬意を表したルシファーが手放した武器のひとつだった。
この程度の、勇者の紋章すら得られぬ男が手にして良い剣ではない。高ぶる感情が口元に笑みを浮かべさせた。リリスを抱き上げて、足元の少女達を庇うために前に立つ。
「リリス、少し目を閉じよ」
「……ルカ達は?」
「余の民だ、守るさ」
魔王位を継いだ頃は、この話し方が板についていた。魔剣が呼び起こした記憶のままに、感情や口調が当時に釣られて変化する。ぎゅっと首元に抱き着いたリリスが白い髪に顔を埋めるのを確かめ、彼女の黒髪をゆっくり指で梳いた。
「配下を守ったその姿勢、評価に値する。立派だぞ、リリス」
褒められたリリスの腕が、さらに首に絡みついた。本当なら疲れきった彼女を眠らせてやりたいが、睡眠誘導の魔法も使えないだろう。
整いすぎた顔は表情を削ぎ落し、銀の瞳が人族を睥睨する。冷たい眼差しと威圧に、勇者の足が震えて一歩下がった。この程度の男を勇者と祭り上げ、余にぶつけようというのか。愚かな人族の浅慮に、ルシファーの感情は凍り付いていく。
目の前で騒ぐ獣風情に配慮は不要だ。遠慮も情けも必要ない。魔法が使えなくとも、身の内の魔力が壊れたわけではない。失われない強大な魔力をゆったりと高めた。
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