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22章 リリス嬢、成長の証
275. 計算できるようになりました
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大量の宝石箱を周囲に浮かせたルシファーが、箱以上に浮かれた様子で歩いていく。廊下ですれ違った侍従たちが顔を見合わせるが、まったく気にしない魔王がドアを開いた。
「ルシファー様? その箱は……」
どこかで見たことがある。眉をひそめて思い出そうとする側近へ「気にするな」と無理な注文をつけて、室内の右側半分に作った教室へ足を向けた。後ろに従うアスタロトの脳裏に、宝物庫や魔王個人の資産リストが浮かんでくる。
「リリス、昨日欲しがっていた箱を見つけてきたぞ」
「ほんとぉだ!」
数年前の幼い頃に似た話し方は、歯が抜けた影響だろう。自分の耳に届く声のイメージと、話した感覚がずれているようだ。育児経験がある侍女アデーレによれば、数日で元に戻すらしい。子供の適応力は素晴らしいが、個人的にはこの話し方が気に入っているルシファーである。
ご機嫌で手を伸ばすリリスの前の机に、持ってきた箱をすべて置いた。色とりどりの宝石が飾られた金銀の箱は、本来高価な宝石や国宝級のジュエリーを仕舞うものだろう。箱自体も資産価値が高いため、子供に与える玩具ではない。
「リリスは赤いのがいい」
瞳の色と同じ紅玉が多く使われた箱を選ぶ。全部で20近く持ってきたので、もう少し選んでもいいのだと声をかけた。
「たくさん選んでいいぞ」
「うーん、お友達にもぁげていい?」
時々変なタイミングで息が抜ける。それが可愛くて悶えながら、了承のため頷いた。白い目で見るアスタロトの鋭い非難の視線が痛い。視線のはずなのに、物理的にチクチク刺さる気がする。
「皆で分けられる数があると思うぞ。ちょうどいいから一人いくつもらえるか、計算してご覧」
リリスの勉強の教材だと誤魔化すルシファーの背中に刺さる視線が、少し和らいだ。ほっとしながら見守ると、「ひぃ、ふぅ、みぃ……」と古風な数え方を始めた。誰だ、今時こんな数え方を教えてたのは。
顔を上げると、アデーレが苦笑いしていた。
「ベール大公閣下ですわ」
「なんでアイツが教師役に?」
女性ばかりを集めたと聞いたが……眉をひそめるルシファーが不快だと示す。目の前でリリスが続きを数えていた。すでに10まで数え終えている。
「ふたつめのひぃ、ふぅ、みぃ」
昔リボン結びに凝った頃は7までだった数かぞえが、いつの間にか成長していた。そこだけはベールに感謝してやると思いながら、顔をあげたリリスに笑顔を向ける。
「うんとね……ひとりでこんだけ」
片手を広げて突きつける。指が折られていないから、1人5つという意味か。20個しか持ってこなかったため、リリスと4人のお取り巻きだと1人分足りない。
「そうか! 計算出来るようになったんだな、リリスは賢い。お友達にも5つずつあげようね」
こっそり収納魔法から取り出して同じような箱を増やした。25個になるよう調整した宝石箱に、アスタロトは見なかったフリをし、アデーレは笑顔で何も言わない。お取り巻きの少女達は驚いた顔をしたが、やはり指摘はしなかった。
「うん! つぎは皆が選んで」
「リリスが最初に5つ選ばないのか?」
「皆がぇらんで、またリリスが選んで、皆が選ぶの」
この隙間から空気が漏れる瞬間を、なんとか保存できないものか。アデーレが言うには数日で直る話し方らしいから、今夜は徹夜してでも音を留めて保存再生できる魔法陣を作らなくては――。
最強の純白魔王の能力を無駄遣いする気満々のルシファーは、整った顔を笑みで彩りながら内心の黒い思惑を隠した。
「わたくしはこちらを」
「私はこれがいいですわ」
それぞれが選ぶ箱は、自らが外見に纏う色を中心とした宝石が多かった。身に馴染んだ色彩を好ましく感じるのは、全員同じらしい。続いてリリスが黒曜石で作られた箱を選んだ。見た目は一番地味だが、使われている宝石は金剛石や琥珀などが隙間なく散りばめられている。
交互に選びあった後、リリスは嬉しそうに「おそろぃ!」とお取り巻きに声をかける。思わぬ高額の贈答品に恐縮する少女達だが、幸せそうなリリスに釣られて笑顔をみせた。
「パパはこれ」
さきほどの黒曜石の箱を開けたリリスが、髪飾りを外して中に入れる。それをそのまま此方に寄こした。受け取ったルシファーが頬を緩め「ありがとう」と受け取る。満面の笑みの主に「何かある」と確信したアスタロトがこっそり確認したところ、髪飾りに数本の黒髪が絡んでいた。
……しっかり変態への道を歩んでいますね。アスタロトの失礼な感想は誰にも知られぬまま、裏の魔王史にこっそり刻まれた。
「ルシファー様? その箱は……」
どこかで見たことがある。眉をひそめて思い出そうとする側近へ「気にするな」と無理な注文をつけて、室内の右側半分に作った教室へ足を向けた。後ろに従うアスタロトの脳裏に、宝物庫や魔王個人の資産リストが浮かんでくる。
「リリス、昨日欲しがっていた箱を見つけてきたぞ」
「ほんとぉだ!」
数年前の幼い頃に似た話し方は、歯が抜けた影響だろう。自分の耳に届く声のイメージと、話した感覚がずれているようだ。育児経験がある侍女アデーレによれば、数日で元に戻すらしい。子供の適応力は素晴らしいが、個人的にはこの話し方が気に入っているルシファーである。
ご機嫌で手を伸ばすリリスの前の机に、持ってきた箱をすべて置いた。色とりどりの宝石が飾られた金銀の箱は、本来高価な宝石や国宝級のジュエリーを仕舞うものだろう。箱自体も資産価値が高いため、子供に与える玩具ではない。
「リリスは赤いのがいい」
瞳の色と同じ紅玉が多く使われた箱を選ぶ。全部で20近く持ってきたので、もう少し選んでもいいのだと声をかけた。
「たくさん選んでいいぞ」
「うーん、お友達にもぁげていい?」
時々変なタイミングで息が抜ける。それが可愛くて悶えながら、了承のため頷いた。白い目で見るアスタロトの鋭い非難の視線が痛い。視線のはずなのに、物理的にチクチク刺さる気がする。
「皆で分けられる数があると思うぞ。ちょうどいいから一人いくつもらえるか、計算してご覧」
リリスの勉強の教材だと誤魔化すルシファーの背中に刺さる視線が、少し和らいだ。ほっとしながら見守ると、「ひぃ、ふぅ、みぃ……」と古風な数え方を始めた。誰だ、今時こんな数え方を教えてたのは。
顔を上げると、アデーレが苦笑いしていた。
「ベール大公閣下ですわ」
「なんでアイツが教師役に?」
女性ばかりを集めたと聞いたが……眉をひそめるルシファーが不快だと示す。目の前でリリスが続きを数えていた。すでに10まで数え終えている。
「ふたつめのひぃ、ふぅ、みぃ」
昔リボン結びに凝った頃は7までだった数かぞえが、いつの間にか成長していた。そこだけはベールに感謝してやると思いながら、顔をあげたリリスに笑顔を向ける。
「うんとね……ひとりでこんだけ」
片手を広げて突きつける。指が折られていないから、1人5つという意味か。20個しか持ってこなかったため、リリスと4人のお取り巻きだと1人分足りない。
「そうか! 計算出来るようになったんだな、リリスは賢い。お友達にも5つずつあげようね」
こっそり収納魔法から取り出して同じような箱を増やした。25個になるよう調整した宝石箱に、アスタロトは見なかったフリをし、アデーレは笑顔で何も言わない。お取り巻きの少女達は驚いた顔をしたが、やはり指摘はしなかった。
「うん! つぎは皆が選んで」
「リリスが最初に5つ選ばないのか?」
「皆がぇらんで、またリリスが選んで、皆が選ぶの」
この隙間から空気が漏れる瞬間を、なんとか保存できないものか。アデーレが言うには数日で直る話し方らしいから、今夜は徹夜してでも音を留めて保存再生できる魔法陣を作らなくては――。
最強の純白魔王の能力を無駄遣いする気満々のルシファーは、整った顔を笑みで彩りながら内心の黒い思惑を隠した。
「わたくしはこちらを」
「私はこれがいいですわ」
それぞれが選ぶ箱は、自らが外見に纏う色を中心とした宝石が多かった。身に馴染んだ色彩を好ましく感じるのは、全員同じらしい。続いてリリスが黒曜石で作られた箱を選んだ。見た目は一番地味だが、使われている宝石は金剛石や琥珀などが隙間なく散りばめられている。
交互に選びあった後、リリスは嬉しそうに「おそろぃ!」とお取り巻きに声をかける。思わぬ高額の贈答品に恐縮する少女達だが、幸せそうなリリスに釣られて笑顔をみせた。
「パパはこれ」
さきほどの黒曜石の箱を開けたリリスが、髪飾りを外して中に入れる。それをそのまま此方に寄こした。受け取ったルシファーが頬を緩め「ありがとう」と受け取る。満面の笑みの主に「何かある」と確信したアスタロトがこっそり確認したところ、髪飾りに数本の黒髪が絡んでいた。
……しっかり変態への道を歩んでいますね。アスタロトの失礼な感想は誰にも知られぬまま、裏の魔王史にこっそり刻まれた。
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