上 下
272 / 1,397
21章 お姫様はお勉強で忙しい

269. リリスの手書きアルファベットをGET

しおりを挟む
 同じ部屋で大人しく読み書きの練習をしている愛娘の姿に、ルシファーの頬が崩れる。幸せそうな笑みを浮かべながらも、その手は止まることなく書類処理を続けていた。

 ここまではアスタロトとベールの目算通りである。

「お仕事してるパパはカッコいい」

 アスタロトがリリスに頼んだ一言で、魔王のやる気は振り切れた。それはもう、カッコいいパパをアピールするため、午前中も午後もノンストップで稼働しているほどだ。

「お茶のご用意が出来ましたわ」

 アデーレが子供達に休憩を促し、誘って欲しいルシファーの視線がちらちら向けられる。するとリリスはとことこ歩いて、ルシファーのローブの裾を掴んだ。カッコいいパパを維持するため、今日は真剣に書類に向き合う姿勢を崩さない彼に、こてりと首をかしげて声をかける。

「パパもお茶しよう」

「ありがとう、リリス。ちょうど区切りがついたところだよ」

 押印した書類を分類箱に入れる。無駄に風の魔法を多用して魔法陣を浮かせるルシファーは、嬉しくてリリスの黒髪に唇を押し当てた。屈んだルシファーの純白の髪が、絨毯に触れてもお構いなしである。

 思ったより効果が高い劇薬リリスの効能に、アスタロトは「もっと早く活用すればよかった」と苦笑いした。苦労して書類処理させるより、こうやってやる気を引き出した方が楽だ。しかもミスが減っている。

 箱の中の書類を確認しながら、アスタロトは魔王へ声をかけた。

「今日の書類は終わりです。お疲れさまでした」

「アスタロト、お前も一緒に休憩だ」

 機嫌がよすぎて、幸せのおすそ分けを始めるルシファーである。愛娘と手を繋いで室内を移動し始めたところに、ドアがノックされた。執務室側のドアが開き、衛兵の犬人族コボルトが飛び込んでくる。

「陛下、勇者襲来です」

「ん? お茶の時間だ。後にしてもらえ」
 
 気軽に延期を申し付けるルシファーだが、アスタロトは眉をひそめていた。ルシファーと手を繋いだリリスの左手の甲に浮かんだ紋章は消えていない。つまり、勇者は代替わりしていないのだ。また偽者だと溜息を吐いた。

「ルシファー様、私が処分いたしましょうか」

 対処ですらない。あくまでも処分だった。

 アスタロトの選んだ単語に少し考えるも、どうせ偽者だからいいかと頷いた。いい加減、ルシファーも偽者騒動に飽き飽きしている。実力のない人族が必死に考えた方法なのかもしれないが、自称すれば勇者の能力を授かるものではない。

 大した力のない、ちょっと腕に覚えのある剣士が名乗る肩書に興味はない。ひらひら手を振ってアスタロトを見送ると、お茶の席に着いた。

「パパ、今日はこれ書いた」

 よれよれの紙に、AからZまで順番に並んでいる。横線が引かれているのにはみ出して、かなり元気のいい文字が躍っていた。その文字を見るなり、ルシファーが満面の笑みでリリスの頭を撫でる。

「すごいな、リリスは上手に書けたね。この紙はパパがもらってもいい?」

「うん、あげる」

「ありがとう、嬉しいな」

 リリスの気が変わらないうちに胸の内ポケットへ確保する。間違っても紛失しないよう、魔力で目印も付けておいた。あとで額縁をつけて私室に飾ろうと決意した。

「ルーサルカ、ルーシア、シトリー、レライエも見せてさしあげて」

「は、はい」

 それぞれに畳んだ紙を広げて見せてくれた。ルーシア以外はリリスより年上なので上手に枠に収めて書いている。ルーシアも貴族家の子なので、文字はすでに習っていたらしい。やはり綺麗に並んでいた。

「これからも勉強を頑張って、リリスをしっかり支えてくれると嬉しい」

 にっこり笑うと、なぜか4人は頬を赤く染めた。ルシファー本人に自覚はないが、顔立ちは絶世の美貌と謳われるほど整っている。まだ年頃には遠い幼女や少女であっても、やはり女は女だった。綺麗な顔は大好きなのだ。

 きょとんとした顔で4人とルシファーを見比べたリリスが、ぐいっとルシファーの髪を引っ張る。すると自分へ笑顔を向けてもらえたリリスが満足そうに笑った。

 幼い嫉妬に気づいたアデーレは「あらあら」と微笑ましく見守り、その態度で気づいたルシファーは自分の膝を叩いて促す。

「リリス、お嫁さんにここに座って欲しいな」

「うん!」

 よじ登った膝の上で、リリスがお菓子を手に取る。今日はお勉強中心だったので、この焼き菓子はイフリートの手によるものだろう。花を象った焼き菓子は、シトリーが好きなココナッツの匂いがした。

「あーんして」

「あーん」

 素直に口を開けて焼き菓子を口に入れたところに、ベールが飛び込んできた。

「陛下、一大事………っ!?」

 驚いて喉に詰まらせたルシファーが紅茶を一気飲みして咳き込み、落ち着いた頃にはベールが呆れ顔で腕を組んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...