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21章 お姫様はお勉強で忙しい

267. 不吉なフラグ、立てました

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 ベルゼビュートは濡れた髪にカーラーを巻いたまま現れた。顔をしかめたベールが注意しても、彼女はどこ吹く風で気にした様子がない。それどころか、自らの髪を何度も嗅いでは首をかしげていた。

「ベルゼビュート、その髪はどうしたのです?」

「聞いてくださいませ! もう最悪でしたわ。魔の森の巡回中に人族と遭遇したら、いきなりくさい水を掛けられましたのよ!!」

 ふわふわしたピンクの巻き毛が自慢のベルゼビュートにしてみたら、宣戦布告に等しい暴挙だったらしい。精霊系の彼女は魔獣と同様に、匂いや気配に敏感だった。そのため『臭い水』に機嫌を損ねたのだ。

「あたくしがあの場で人族を全滅させなかったのを、褒めてもらいたいくらいです」

 頑張って臭いを取ろうと洗った結果が、濡れ髪の状況だった。どれだけ洗っても臭いが残っている気がする。ルキフェルは眉をひそめて鼻を摘まんだ。

「ベルゼ、臭い」

「まだにおうかしら……自分ではマヒして分からないのよ」

 文句を言いながら、髪を一房摘まんで臭いを嗅ぐ。やはり自分では分からなくて首を傾げた。女性に対して臭いは禁句だが、ベルゼビュートが相手なので誰も気遣いはなく本音で突きつける。

「何をしているのですか」

 ルシファーと入ってきたアスタロトは、ピンクの巻き毛を臭うルキフェルやベルゼビュートの様子に苦笑いする。彼女が魔の森の巡回から戻ったばかりなのは知っているため、身だしなみを整えるタイミングで呼び出したのだろうと考えていた。

「人族に何か臭いのする水を掛けられましたの!」

 怒りながら報告するベルゼビュートへ、ルシファーは玉座に腰掛けながら指摘した。

「臭いぞ」

「やだ、本当にそんな臭うのかしら」

 8万年を超える年齢であっても、自称妙齢の女性である彼女はがっかりして肩を落とした。恋愛対象でなくても、見た目麗しい魔王と側近の前で臭うのは勘弁して欲しい。

「薬草……聖水か?」

 確か数千年前にできた教会とやらが、そんな臭いのする水をばら撒いていた。記憶を頼りにルシファーが指摘すると、ベルゼビュートが大きく頷いた。

「それですわ! 動物から得た臭いを混ぜて作ると聞いたような……」

 幻獣系のベール以外は、この聖水らしき臭いに不快さを感じていた。匂いに敏感な種族ほど、不快さは強い。ルシファーは足元に魔法陣を描いて臭いを遮断した。それを見たルキフェルが真似をして、呼吸を止めたアスタロトも臭いから逃げる。

「ちょっと、乙女の前で失礼よ!」

「乙女という単語の意味が、ここ数万年で変化したとは知りませんでした」

 にっこり笑って、アスタロトが嫌味を返す。遠回しに年齢を指摘するような言い回しに、ベルゼビュートが「失礼だわ!」と憤慨した。

「それで……今回の緊急会議はベルゼビュートの髪ではありませんよね」

 ベールが軌道修正を図り、溜め息を吐いて落ち込むルシファーを見ながらアスタロトが提議する。

「リリス嬢のルシファー様への対応です」

「リリスが構ってくれないんだ」

 泣きそうな切羽詰まったルシファーの様子に、大公達は顔を見合わせた。

「何? 反抗期?」

 ルキフェルが焦った声をあげ、ベールが「イヤイヤ期は終わりましたね」と締めくくる。ここ数カ月のリリスは、お友達が増えたと浮かれていた。機嫌も悪くないし、特に問題を起こした記憶もない。

「嫌いと言われたとか?」

「それはない!!」

 ベルゼビュートの無神経な発言に、ルシファーが全力で否定する。嫌われたりしてないとぶつぶつ呟く姿に、ベールとルキフェルが状況を察した。気の毒そうな視線を受けるアスタロトが「わかるでしょう?」と同意を求めて溜息を吐く。

「少しの間、リリス嬢の勉強の内容を見直します。彼女の説得は私が請け負いましょう」

 教師達のまとめ役を担うアデーレの説得は、アスタロトが担当する。代わりに仕事の補佐をお願いしたいと告げれば、同情の表情を浮かべたベールに頷かれた。

「リリスとお風呂はいりたい~。リリスぅ」

 情けない声を上げるルシファーが玉座に懐く姿に、相当重症なのだと側近達は悟らざるを得なかった。

「あたくしは人族に報復してくるから」

 場の空気を読まないベルゼビュートへ、深く考えずにルシファーは許可を出す。ひらひら手を振って勝手に行けと示した。

「任せる」

 言質を得たベルゼビュートが大喜びで駆け出していく後ろ姿へ、「嫌な予感がします」とアスタロトが不吉なフラグを立てたことを誰も重視しなかった。後にその判断を悔やむことになる。

「カーラーつけたまま行った」

 ルキフェルがぼそっと指摘した一言に全員が「「「本当だ(ですね)」」」と笑い合った。
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