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21章 お姫様はお勉強で忙しい
266. オカンはきっちり叱る
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「……リリスが構ってくれない」
しょげかえった魔王は威厳の欠片もなく、机に突っ伏していた。珍しく仕事の書類がすべて片付いている。驚きながら、アスタロトは署名押印済みの書類チェックを始めた。特に問題はなさそうで、書類の一部に修正事項もきっちり記載されている。
「この書類はすべて分類して各部署に送ってください」
後ろの文官に指示を出したアスタロトは、自らお茶の用意をしながら振り返った。ルシファーはまだ机に懐いている。ドワーフ渾身の力作である執務机に白い髪を散らして、大きく溜め息を吐いた。
「事情をお聞きしますから、こちらに移動してください」
応接セットにお茶を用意して手招くと、先日リリス嬢が焼いた茶菓子を並べる。じっと見るルシファーがいきなり立ち上がった。
「それ、リリスのお菓子だ!!」
「そうですね……」
何で判断したのか知らないが、大喜びでソファに陣取る。皿に丁寧に積んだ菓子を、大切そうにひとつ摘まんで眺め始めた。かなり重症らしい。きちんと話を聞いてやらないと、後で拗ねて大事件を起こしそうだった。
「リリス嬢が構ってくれないほど、忙しいのですか?」
有能な秘書であるアスタロトの脳内には、主君ルシファーだけでなくリリス達の授業予定も詰まっている。しかしルシファーに構う時間がないほど、勉強やレッスンを詰め込んでいないはずだ。何しろまだ6歳に満たない子供なのだから、無理をさせないスケジュールを組んでいた。
「昨日一緒にお風呂入ろうとしたら『今日はお友達と入る』って断られた」
一瞬だけ無言になった。何を言ってるんでしょうね、このバカ……じゃなかった魔王は。この年齢ならそろそろ「パパと一緒は嫌」と拒絶されて泣く時期ですよ。
「ですが、一緒に眠ってくれたのでしょう?」
婚姻前の男女の同衾は禁止と言い聞かせても「他人じゃなくて親子だもん」と屁理屈をこねて逃げるルシファーは頷いた。どうやら寝室を分けるのは難しそうだ。今はいいとして、あと数年したら問題でしょうが……今のうちに作戦を練っておく必要がありますね。
ルシファーの話を聞きながら、アスタロトはベールの予定を確認して緊急会議を行う気でいた。
「今はお友達と遊ぶのが楽しい年頃ですから、仕方ないですね」
「リリス成分が足りない」
ぼそぼそと文句を言いながら、リリスが焼いたクッキーをかじる。端から少しずつ噛みしめながら味わう姿は、世界に君臨する魔王というよりネズミのようだった。
こんな姿を侍従に見られでもしたら、また変な噂が城下町で広まります。廊下に続くドアに封印の魔法陣を転写する。こうしておけば誰かが開けようとしても拒めるだろう。
「みっともない食べ方をしない!」
「うん……」
すっかりしょげている。今までリリスは常にルシファーの腕の中で守られ、魔王の愛し子と呼ばれる立場に相応しい溺愛を受けてきた。互いが互いを最優先にする姿は依存に似ている。ようやくリリスにも自立心が芽生えているのだから、本来は親として喜ぶべき状況だった。
「リリス嬢は自立しようとしています。妨げてはいけません」
「やだ」
口調がすっかりリリスだ。正確にはリリスがルシファーの口調を聞いて、そっくり真似ていた証拠だろう。強大な魔力を揮うことですべて解決してきたルシファーは、精神的に幼い。彼を支えるベールやアスタロトが苦労した分だけ、輪をかけて成長しなかった。
そういう意味では、アスタロト達は幼かった魔王の育て方を間違えたのだ。魔王妃となるリリスはきちんと育てて、今度こそ成功させたいと願うのは当然だった。そのためにも、ルシファーの過干渉は邪魔になる。
「何も出来ない愚かな女にしたいのですか?」
「それもやだ」
「あれもやだ、これもやだは通りません」
ようやく1枚食べ終えたルシファーの手が、再びテーブルの皿に伸ばされる。しかしアスタロトが皿を避けてしまった。俯いていた顔を上げて焦るルシファーへ、笑顔で言い聞かせる。
「成長を妨げたら……どうなるかわかりますか? 成人するまで会えなくするのは簡単ですよ」
「っ! しない。邪魔はしない!!」
必死で約束するルシファーの前へ皿を戻しながら、アスタロトは多少の介入は必要かと考える。あまり追い詰めると魔王位を放り出して、逃げ出す可能性も高い。リリスと話をしてルシファーとの時間を作る必要があるだろう。
「わかりました。では私も協力させていただきます」
「本当、か?」
嬉しそうに頬を緩め、大切そうに2枚目のクッキーを口に運ぶ。相変わらず少しずつ食べる姿は幼い子供か小動物のようだが、もう注意する気も失せていた。どうせ自分しか見ていないのだ、多少の不作法は見過ごしてやろう。
「大公による緊急会議を招集します」
しょげかえった魔王は威厳の欠片もなく、机に突っ伏していた。珍しく仕事の書類がすべて片付いている。驚きながら、アスタロトは署名押印済みの書類チェックを始めた。特に問題はなさそうで、書類の一部に修正事項もきっちり記載されている。
「この書類はすべて分類して各部署に送ってください」
後ろの文官に指示を出したアスタロトは、自らお茶の用意をしながら振り返った。ルシファーはまだ机に懐いている。ドワーフ渾身の力作である執務机に白い髪を散らして、大きく溜め息を吐いた。
「事情をお聞きしますから、こちらに移動してください」
応接セットにお茶を用意して手招くと、先日リリス嬢が焼いた茶菓子を並べる。じっと見るルシファーがいきなり立ち上がった。
「それ、リリスのお菓子だ!!」
「そうですね……」
何で判断したのか知らないが、大喜びでソファに陣取る。皿に丁寧に積んだ菓子を、大切そうにひとつ摘まんで眺め始めた。かなり重症らしい。きちんと話を聞いてやらないと、後で拗ねて大事件を起こしそうだった。
「リリス嬢が構ってくれないほど、忙しいのですか?」
有能な秘書であるアスタロトの脳内には、主君ルシファーだけでなくリリス達の授業予定も詰まっている。しかしルシファーに構う時間がないほど、勉強やレッスンを詰め込んでいないはずだ。何しろまだ6歳に満たない子供なのだから、無理をさせないスケジュールを組んでいた。
「昨日一緒にお風呂入ろうとしたら『今日はお友達と入る』って断られた」
一瞬だけ無言になった。何を言ってるんでしょうね、このバカ……じゃなかった魔王は。この年齢ならそろそろ「パパと一緒は嫌」と拒絶されて泣く時期ですよ。
「ですが、一緒に眠ってくれたのでしょう?」
婚姻前の男女の同衾は禁止と言い聞かせても「他人じゃなくて親子だもん」と屁理屈をこねて逃げるルシファーは頷いた。どうやら寝室を分けるのは難しそうだ。今はいいとして、あと数年したら問題でしょうが……今のうちに作戦を練っておく必要がありますね。
ルシファーの話を聞きながら、アスタロトはベールの予定を確認して緊急会議を行う気でいた。
「今はお友達と遊ぶのが楽しい年頃ですから、仕方ないですね」
「リリス成分が足りない」
ぼそぼそと文句を言いながら、リリスが焼いたクッキーをかじる。端から少しずつ噛みしめながら味わう姿は、世界に君臨する魔王というよりネズミのようだった。
こんな姿を侍従に見られでもしたら、また変な噂が城下町で広まります。廊下に続くドアに封印の魔法陣を転写する。こうしておけば誰かが開けようとしても拒めるだろう。
「みっともない食べ方をしない!」
「うん……」
すっかりしょげている。今までリリスは常にルシファーの腕の中で守られ、魔王の愛し子と呼ばれる立場に相応しい溺愛を受けてきた。互いが互いを最優先にする姿は依存に似ている。ようやくリリスにも自立心が芽生えているのだから、本来は親として喜ぶべき状況だった。
「リリス嬢は自立しようとしています。妨げてはいけません」
「やだ」
口調がすっかりリリスだ。正確にはリリスがルシファーの口調を聞いて、そっくり真似ていた証拠だろう。強大な魔力を揮うことですべて解決してきたルシファーは、精神的に幼い。彼を支えるベールやアスタロトが苦労した分だけ、輪をかけて成長しなかった。
そういう意味では、アスタロト達は幼かった魔王の育て方を間違えたのだ。魔王妃となるリリスはきちんと育てて、今度こそ成功させたいと願うのは当然だった。そのためにも、ルシファーの過干渉は邪魔になる。
「何も出来ない愚かな女にしたいのですか?」
「それもやだ」
「あれもやだ、これもやだは通りません」
ようやく1枚食べ終えたルシファーの手が、再びテーブルの皿に伸ばされる。しかしアスタロトが皿を避けてしまった。俯いていた顔を上げて焦るルシファーへ、笑顔で言い聞かせる。
「成長を妨げたら……どうなるかわかりますか? 成人するまで会えなくするのは簡単ですよ」
「っ! しない。邪魔はしない!!」
必死で約束するルシファーの前へ皿を戻しながら、アスタロトは多少の介入は必要かと考える。あまり追い詰めると魔王位を放り出して、逃げ出す可能性も高い。リリスと話をしてルシファーとの時間を作る必要があるだろう。
「わかりました。では私も協力させていただきます」
「本当、か?」
嬉しそうに頬を緩め、大切そうに2枚目のクッキーを口に運ぶ。相変わらず少しずつ食べる姿は幼い子供か小動物のようだが、もう注意する気も失せていた。どうせ自分しか見ていないのだ、多少の不作法は見過ごしてやろう。
「大公による緊急会議を招集します」
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