上 下
267 / 1,397
21章 お姫様はお勉強で忙しい

264. お茶するからお座りして!

しおりを挟む
 魔王の執務室は静まり返っていた。音がしないドアを、リリスがノックする。返事がない。

「遮音結界ですわ。困ったこと」

 眉をひそめて呟いたアデーレが、扉の上に手のひらを当てた。魔力を流していくと、リリスの目にオレンジかかった朱色の魔力が見える。ゆらゆらと揺れる魔力が、結界を作り出すアスタロトの赤い魔力を侵食して……ドアは内側から開いた。

「何を……、リリス嬢?」

 説教しながら書類を片付けさせていたアスタロトは、邪魔が入らないよう結界を張った。その魔力を侵食する同種族の魔力に文句を言うつもりが、開いた扉の先には5人の子供と侍女、護衛達がいる。

 表情を和らげて、視線を合わせるために膝をついた。

「ルシファー様にご用ですか?」

「うん! お菓子作ったの、一緒にお茶飲もう」

 無邪気なリリスに毒気を抜かれ、振り返った執務室ではルシファーがそわそわしていた。立ち上がったり座ったり忙しい純白の魔王の集中力は、遥か彼方に逃げている。

「わかりました。お茶にしましょうか」

 お菓子を作ったリリスの好意を無碍にする気はないし、集中力が切れた主君のダメっぷりも理解していた。この場合はお茶の後にもう一度集中させた方が効率がいいのだ。

「アシュタ、ヤンとピヨもいい?」

 大型犬サイズのフェンリルと、鸞鳥らんちょうのヒナはお行儀よく廊下に控えている。

「構いません。それと預けた御守りをいただけますか」

 ポシェット内の魔法陣の紙をさりげなく回収して扉を開けるアスタロトへ礼を言って、リリスはご機嫌でルシファーの待つソファーへ向かった。

いつの間にか、別の部屋から移動させたソファやテーブルが増えている。休憩となった途端に手際のいいルシファーは、近づいてきたリリスを手招いた。

「リリス、お膝においで」

「やだっ! リリスは赤ちゃんじゃないから、自分で座れるよ」

 しょげるルシファーの前のテーブルに籠をおいて、当然のように隣によじ登る。並んで座れるならいいかと思ったルシファーだが、リリスの動きは止まらなかった。見守るルシファーの肩に手を置いて、膝の上にぺたんと座る。

 目を瞠ったルシファーだが、すぐに頬を笑み崩してリリスの黒髪に唇を押し当てた。

「リリスもすっかりお姉さんだね」

「うん」

 抱っこして座らせてもらうのは赤ちゃんみたいでダメだが、自分で膝の上によじ登るのは構わないらしい。リリスの基準が不思議だが、指摘する者は誰もいなかった。絶世の美貌をデレデレと崩す魔王を前に、そんなことは口にできない。

 テーブルの上の籠に手を伸ばすと、ルーサルカが手渡してくれた。中から引っ張り出したお菓子をアデーレが皿に盛り付ける。

「ありがと……なんで皆立ってるの?」

 首をかしげるリリスの姿に、理由に思い至ったルシファーが説明する。

「リリス、魔王と妃の許しがないと同席はできない決まりだ。だから座っていいと許可する必要があるんだよ」

「そうなの? アシュタもロキちゃんも勝手に座るのに」

 思いがけない暴露に、アスタロトの笑顔にヒビが入った。冷めた眼差しを向けるアデーレは、手際よくお茶を用意していく。

「そういや、オレの側近はベール以外勝手に座るかも」

 深く考えたことなかったと頷くルシファーは、膝の上のリリスに許しを与えるよう促した。

「皆に座っていいよ、と伝えて」

「うん。一緒にお茶するからお座りして!」

 普段からヤンに言い聞かせる時の口調になったため、まるでペットに「お座り」を言いつけるような言葉が飛び出す。しかし悪気がないと知っている4人は会釈して座った。リリスは言葉が足りないというより、相対した種族が少なすぎるのだ。そのため対応する言葉が限られていた。

「次からは、お座りくださいと言おうか」

「わかった」

 さすがに「お座り」はどうかと思ったルシファーの提案に、リリスは素直に同意する。物覚えはいい子なので、すぐに慣れて上手に振舞えるようになるだろう。

「ヤン、ピヨもこっち」

 手招きされたヤンが匍匐前進ほふくぜんしんで近づき、真似るピヨも這いずってきた。

「ヤン、お座り」

 これは直さなくていいのか? いや、これでも魔の森の元獣王だから失礼なのか? 注意すべきか迷うルシファーの前に、紅茶とお菓子が並べられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

処理中です...