上 下
264 / 1,397
21章 お姫様はお勉強で忙しい

261. 正装までして抗議してみたが

しおりを挟む
「横暴だ!!」

 謁見の大広間に集められた大公達は顔を見合わせた。玉座で怒り狂う主君の珍しい正装姿に、側近アスタロトは平然と切り返す。

「横暴なのは、私の休暇中の陛下ではありませんか」

 正論にぐっと声を飲むが、ルシファーにも譲れない戦いがある。絶対に負けられない戦いだが、前哨戦ですでに負けそうだった。こうなる可能性があったから、正装で望んだのだが……。

「きちんと反省していただけば、お返しいたしますよ」

 それはそれは良い笑顔で、アスタロトは人質の存在を匂わせる。事情に気付いたベールは「当然ですね」とアスタロトに同調した。ここ数ヶ月、ストッパーが外れた魔王の暴走に振り回された一番の被害者は、魔王軍総指揮官であるベールだ。

 竜族の卵事件では、ルキフェルを巻き込んだ暴力事件に発展したため、この際アスタロトに協力するつもりだった。前にアスタロトが饗した大きな卵焼きの正体を理解していないリリスが、無邪気に卵を強請るのは仕方ない。また食べたいくらい美味しかったのだろう。

 強請られたルシファーも最初は断ったが、二度目はあっさり手のひらで転がされた。それも「パパじゃ無理なの?」という単純な一言で、竜族の集落へ転移して「卵をください」と頼んだというのだから、どうにもならない。結局ドラゴンの統領であるルキフェルによる仲裁と、多少の慰謝料で手を引いてもらった。

 ただでさえ人手が足りなくて忙しい時期に、余計な騒動ばかり起こして歩いていた魔王である。ベールやルキフェルの怒りはもっともだった。ちなみにベルゼビュートは他種族間の調整に動いており、ほとんど魔王城にいなかったので被害を免れている。賭け運は皆無だが、運が悪いわけではなさそうだ。

「余の妃候補だぞ!」

「そうですね、まだですから……大人しく仕事をしないなら、候補からも外します」

 助けを求めるように視線をめぐらせた先で、ベールとルキフェルも呆れ顔で頷く有様。この数ヶ月は騒動の後片付けをして目を離した隙に、また騒動を起こす主の所為で苦労したのだ。このくらいの意趣返しは許されるだろうと、彼らは強気だった。

「リリスがお嫁さんじゃないなら、魔王やめるもん」

 威厳ある正装で、ここにきて拗ねてしまった。玉座の上で子供じみた態度で膝を抱える姿に、アスタロトが苦笑いして肩を竦める。段上の主に歩み寄り、絨毯に触れる純白の長い髪を掬い上げた。

 圧倒的魔力をもって魔族の頂点に立ったルシファーを、幼い頃から知っているアスタロトは結局のところ彼に甘い。

「顛末書や報告書の騒動を処理し終えたら、すぐにリリス嬢をお返しします。わかりますか? こうしている時間がもったいないでしょう」

 幼児に言い聞かせる母親の態度だが、味方がいない状態で拗ねた魔王はじっと動かない。元から地位や財産に固執しないルシファーは、なりたくて魔王になったわけじゃなかった。物や者に執着しない魔王の唯一が、リリスなのだ。

「おやおや……リリス姫もお可哀想に。迎えに行く気がないのですね」

「行く! 迎えに行く!!」

「ならば、しっかりお仕事を片付けましょうね」

 言質をとられたルシファーが「ぐぬぬ」と呻くが、諦めて頷いた。あれこれ騒動を起こしてきたせいか、ルシファーの事後処理の能力は非常に高い。正直アスタロトも感心するレベルだが、原因が彼自身なので褒める機会がないのだ。

 まるで連行される罪人のように、手を引かれてとぼとぼ退場するルシファーを見送り、ベールとルキフェルが顔を見合わせた。

「ちょうどいいので、我々も休憩にしましょうか」

「うん、リリスがお菓子作るって言ってた」

 ルシファーにバレないよう結界に包まれたリリスは、アデーレと一緒に調理場にいた。一時期凝って作りまくったプリンを卒業し、先月から焼き菓子に着手している。側近になった4人も付き添ったはずだ。

 彼女らが作る茶菓子を楽しみに、2人は手を繋いで執務室へ向かった。
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、内容が異なります。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...