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20章 鬼の居ぬ間に選択
259. あれもこれも説教案件
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開いたドアを一旦閉める。何でしょう、何か異常な光景だった気がします。一度深呼吸して気を落ち着けてから、アスタロトは覚悟を決めてドアを開けた。
王妃の部屋はまだ使用していないため、ここはリリス嬢専用に作られた部屋だ。隣がリリスの部屋じゃなきゃ嫌だと駄々を捏ねて作らせた部屋は、なぜかリビングになっていた。
幼女の私室ならば、天蓋つきの可愛らしい寝台や鏡つきの鏡台が並ぶのが普通なのに、真ん中にリビングテーブルが置かれている。一枚板の上質なテーブルは10人ほどで囲むほど立派だった。しかし椅子はひとつしかない。この時点で違和感しかなかった。
少なくともリリス嬢とルシファー様が食事をされるなら、椅子は2つ必要なはず。そして唯一の椅子はベンチ型だった。もちろん美しい濃紺のビロードが張られた、見るからに高そうな椅子だ。
「アスタロト……」
引きつったルシファーの表情に、アスタロトは事情を理解した。
注意する者がいない間に、彼は好き勝手に部屋を改造したようだ。高価な家具を並べたのは、まあ仕方ない。貧乏臭い質素で簡素なものを使えとは言わないが……椅子がひとつしかない理由は、ルシファーの現状が物語っていた。
長椅子に近い形状の椅子に、リリスと並んで食事をしようと考えた。しかも今日はリリスが半分寝ているのをいいことに、右端に座って膝枕で抱きかかえて食べさせている。どう見ても『親子』ではない。
「陛下、いろいろと休みの間のお話を伺いたいのですが」
書類整理の合間に見つけた報告書や顛末書を手に、にっこりと笑顔で声を掛けた。
ちょっとした確認があるだけなのに――おや、どうしてそんな怯えた顔をしているのでしょうね。怖がるような何かがいましたか?
口元が自然と吊りあがって笑みを作り出す。白い手でゆるゆると手招きすれば、首を横に振って助けを求めるように視線をさ迷わせたルシファーだが、最後は諦めて項垂れた。
「リリス嬢をお風呂に入れるまではお待ちします」
給仕をしていた妻アデーレが肩を竦める。心を落ち着けて話をする準備をしなくては……ルシファーの私室へ戻って後ろ手にドアを閉めた。
視覚的な暴力が遮られると、だんだん冷静になる。まず、リリス嬢の私室が子供部屋ではなくリビングなのはおかしい。さらに寝台がなかったということは、彼女と同衾しているという意味だ。
幼女相手に間違いはないだろうが、外聞というものがある。魔王妃候補なのだから、嫁ぐ前に純潔を疑われる同衾は許されなかった。いくら子供でも性別は女性だ。リリス嬢の部屋を作る際に言い聞かせたはずだが、魔王陛下の優秀な脳は記憶しなかったらしい。
やたら広い部屋の奥のベッドは、リボンつきの愛らしい天蓋が吊るされていた。ベッドの横にはドワーフに作らせた特注の鏡台が置かれ、エルフの献上した香木の櫛が並ぶ。
窓と反対側の扉に近づいて開けば、クローゼットの中はほとんどリリス嬢の洋服だった。愛らしいピンクや白、水色など女児のワンピースやドレスがずらり。左端に1割強程度の面積で、ルシファーの普段着が吊ってあるが……祭事用の衣装が見当たらなかった。どこへ片付けたのか。
いつも祭事や謁見のたびに衣装を取り出さなくていいよう、大きなクローゼットを作らせたが……幼女の服を並べるためじゃない。ここにない消えた衣装を探しておかないと、また大騒ぎして探す羽目になりそうだ。
頭を抱えながらクローゼットから離れ、他の異常を探した。足元の絨毯に違和感を感じ、屈みこんで手で撫でる。やたら柔らかい材質の絨毯が丸く敷かれ、ソファは窓際に追いやられていた。勝手に増えた執務机もよく見れば窓側だ。指先が艶のある毛に触れた。ヤンの毛だろう。
護衛だが、通常は窓の外や廊下に待機するものだ。それをリリスが強請るまま部屋に招き入れている証拠だった。青い羽毛も落ちていたことから、大きくなったピヨも同様だと推測できる。
リリス嬢の私物が大量に置かれた書棚を前に溜め息を吐いた。この書棚に本来並べられる本は、魔王即位以来の記録となった書物である。それが幼女の玩具やら絵本が埋め尽くす現状に肩を落とした。
机に積んだ業務書類とは別に、説教案件として分けた分厚い書類に目を向ける。執務中に紙の山から分別した『明らかに違う』報告書やら顛末書をぱらぱらと確認した。アスタロトが控えていたら、絶対に許さなかった我が侭と騒動が記されている。
「……久しぶりに、本気でいきますよ」
笑みを作ったアスタロトの耳に、背後のドアを静かに開く音が届いた。
王妃の部屋はまだ使用していないため、ここはリリス嬢専用に作られた部屋だ。隣がリリスの部屋じゃなきゃ嫌だと駄々を捏ねて作らせた部屋は、なぜかリビングになっていた。
幼女の私室ならば、天蓋つきの可愛らしい寝台や鏡つきの鏡台が並ぶのが普通なのに、真ん中にリビングテーブルが置かれている。一枚板の上質なテーブルは10人ほどで囲むほど立派だった。しかし椅子はひとつしかない。この時点で違和感しかなかった。
少なくともリリス嬢とルシファー様が食事をされるなら、椅子は2つ必要なはず。そして唯一の椅子はベンチ型だった。もちろん美しい濃紺のビロードが張られた、見るからに高そうな椅子だ。
「アスタロト……」
引きつったルシファーの表情に、アスタロトは事情を理解した。
注意する者がいない間に、彼は好き勝手に部屋を改造したようだ。高価な家具を並べたのは、まあ仕方ない。貧乏臭い質素で簡素なものを使えとは言わないが……椅子がひとつしかない理由は、ルシファーの現状が物語っていた。
長椅子に近い形状の椅子に、リリスと並んで食事をしようと考えた。しかも今日はリリスが半分寝ているのをいいことに、右端に座って膝枕で抱きかかえて食べさせている。どう見ても『親子』ではない。
「陛下、いろいろと休みの間のお話を伺いたいのですが」
書類整理の合間に見つけた報告書や顛末書を手に、にっこりと笑顔で声を掛けた。
ちょっとした確認があるだけなのに――おや、どうしてそんな怯えた顔をしているのでしょうね。怖がるような何かがいましたか?
口元が自然と吊りあがって笑みを作り出す。白い手でゆるゆると手招きすれば、首を横に振って助けを求めるように視線をさ迷わせたルシファーだが、最後は諦めて項垂れた。
「リリス嬢をお風呂に入れるまではお待ちします」
給仕をしていた妻アデーレが肩を竦める。心を落ち着けて話をする準備をしなくては……ルシファーの私室へ戻って後ろ手にドアを閉めた。
視覚的な暴力が遮られると、だんだん冷静になる。まず、リリス嬢の私室が子供部屋ではなくリビングなのはおかしい。さらに寝台がなかったということは、彼女と同衾しているという意味だ。
幼女相手に間違いはないだろうが、外聞というものがある。魔王妃候補なのだから、嫁ぐ前に純潔を疑われる同衾は許されなかった。いくら子供でも性別は女性だ。リリス嬢の部屋を作る際に言い聞かせたはずだが、魔王陛下の優秀な脳は記憶しなかったらしい。
やたら広い部屋の奥のベッドは、リボンつきの愛らしい天蓋が吊るされていた。ベッドの横にはドワーフに作らせた特注の鏡台が置かれ、エルフの献上した香木の櫛が並ぶ。
窓と反対側の扉に近づいて開けば、クローゼットの中はほとんどリリス嬢の洋服だった。愛らしいピンクや白、水色など女児のワンピースやドレスがずらり。左端に1割強程度の面積で、ルシファーの普段着が吊ってあるが……祭事用の衣装が見当たらなかった。どこへ片付けたのか。
いつも祭事や謁見のたびに衣装を取り出さなくていいよう、大きなクローゼットを作らせたが……幼女の服を並べるためじゃない。ここにない消えた衣装を探しておかないと、また大騒ぎして探す羽目になりそうだ。
頭を抱えながらクローゼットから離れ、他の異常を探した。足元の絨毯に違和感を感じ、屈みこんで手で撫でる。やたら柔らかい材質の絨毯が丸く敷かれ、ソファは窓際に追いやられていた。勝手に増えた執務机もよく見れば窓側だ。指先が艶のある毛に触れた。ヤンの毛だろう。
護衛だが、通常は窓の外や廊下に待機するものだ。それをリリスが強請るまま部屋に招き入れている証拠だった。青い羽毛も落ちていたことから、大きくなったピヨも同様だと推測できる。
リリス嬢の私物が大量に置かれた書棚を前に溜め息を吐いた。この書棚に本来並べられる本は、魔王即位以来の記録となった書物である。それが幼女の玩具やら絵本が埋め尽くす現状に肩を落とした。
机に積んだ業務書類とは別に、説教案件として分けた分厚い書類に目を向ける。執務中に紙の山から分別した『明らかに違う』報告書やら顛末書をぱらぱらと確認した。アスタロトが控えていたら、絶対に許さなかった我が侭と騒動が記されている。
「……久しぶりに、本気でいきますよ」
笑みを作ったアスタロトの耳に、背後のドアを静かに開く音が届いた。
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