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20章 鬼の居ぬ間に選択
255. 本日最悪の残念なお知らせ
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溜め込んだ書類の量は、どう見ても1日や2日の量ではなかった。しかもルシファーは必死に隠したが、新しく増やした書棚は本ではなく書類が積まれている。魔法陣を使ってまで、本に見えるよう偽装する必死さが彼らしい。それくらいなら、処理すればいいものを。
溜め息をついて引っ張り出した書類は、ざっと見積もっても半月分ほどあった。
「手伝いますから、片付けましょう」
あまり溜め込むと、文官への負担も増える。叱っても仕方ないと苦笑いしたアスタロトが仕分けを始めた。ベールも書類整理は手伝ったのだろうが、本業ではないため手落ちが出る。適性ならルキフェルが向いているのだが、魔族全般の様々な祭事や記録を取り仕切る彼の忙しさも知っていた。
事務の文官達を管理するのは、結局アスタロトの仕事だった。
書類を分類して大公の承認で済むものと、魔王の署名が必要なものを分ける。本来、最高権力者の署名が必要な書類など、全体の1割なのだ。しかし文官の頂点たる側近アスタロトの不在で、すべての書類がルシファーに回されたらしい。
てきぱきと書類を分けて、署名が必要なものだけ机の上に積んでいく。それを文句を言わずに淡々と確認して処理するルシファーは、いつの間にかリリスを膝に乗せていた。彼女がいると逃げられないので、そこは見逃す。
書類の中に、休暇中にルシファーがやらかした騒動の始末書や顛末書が混じっているのを、さりげなく抜いて隣の棚に積み重ねた。この数ヶ月で彼らが起こした騒動はかなりの高さに達している。
魔王軍統括で手が離せないベールの目を盗み、記録業務だけでなく調査や研究も行うルキフェルが知らぬ間に、お目付け役のアスタロトから解放されたルシファーは好き勝手に振舞っていた。
経理担当のベルゼビュートが頭を抱えるほどの請求書が並ぶ。これらは大公権限で、ルシファーの私財から補填するとして……。
アスタロトはさらに仕分けを続ける。リリスが無邪気に魔王の印章を書類に押していた。お手伝いが楽しいようで、満面の笑みで署名済みの書類に印章を乗せて体重をかける。リリスの両手で持つ大きさの印章は重そうだが、本人がご機嫌なのでアスタロトは放置した。
署名後の書類に押印している分には問題ない。将来の仕事を覚える意味でもプラスになるだろう、と。軽く考えた自分を後で罵ることになるが、このときは他のことに気を取られていた。
――視察中に壊した建物や、鳳凰襲撃の城門修理代に眉をひそめながら署名する。続いて魔王が凍らせた火口の経済損失の報告書を読み、下にあった災害補正予算を承認して積んだ。
フェンリルの森を一部吹き飛ばしたらしいこと、ゾンビの魔力溜りを壊そうとして森ごと焼き払ったこと、リリス嬢と彼女の側近達に魔法陣の実演をしてダークプレイスの南側を破壊し、孤児院訪問でなぜか大量の飴を配り歩いたこと。些細なことから大きなことまで、とにかく騒動ばかりの魔王様である。
「陛下」
「何も言うな……もうベールに叱られた」
すでに叱られたのだから許せと告げるルシファーのしょげた姿に、相当厳しく叱ったのだろうと予想がついた。アスタロトのような苛烈さはないが、違う意味で容赦がないベールだ。
「わかりました」
明らかにほっとした様子のルシファーが、新しい書類の束に手を伸ばす。真面目にやる気になった主君に満足げに頷き、押印済みの書類を手に取ったところで、アスタロトの動きが止まった。固まった状態で書類を食い入るように見つめ、慌ててリリスに声を掛ける。
「リリス嬢、ちょっと待ってください」
「どうしたの、アシュタ」
かなり流暢に話すようになったが、それでも渾名じみた呼び方は変わらない。髪飾りの簪を揺らして首をかしげる幼女は、手にした印章を朱肉の上においた。白い手や服の袖にも朱肉がついているが、そこは問題ではない。
「……印影が逆さまです」
「え? 嘘っ!」
慌てたルシファーが書類を確認し、大きくため息を吐いた。どうやら渡した後に何らかの理由で回ったらしい。逆さまに押された印影はすべて押し直しになる。ざっと見る限り100枚近い書類が逆さまだった。
「……魔法陣作って、ぐるりと回転させた方が早いかも」
ぼそっと呟くルシファーの提案に、アスタロトが首を横に振った。
「忘れたのですか? 印影を悪用されないように朱肉に魔力無効の効果をつけています。もし魔法陣を発動すれば、印影がすべて消えますよ」
本日最悪の残念なお知らせに、ルシファーはがくりと肩を落とした。そんな魔王の姿に、リリスはにっこり笑って頬に唇を押し当てる。
「パパが元気になるお呪い! 大丈夫よ、リリスがいるもん」
ちょっと眠っている間に、幼女に何を教えているんですか!? そんな軽蔑交じりの眼差しを向けるアスタロトへ「羨ましいだろ」と的外れの発言をしたルシファーがにやりと笑う。
「羨ましくはありませんが、この書類は明日の昼までに片付けてくださいね」
にっこり笑って魔法陣の上に『押し間違い書類』を乗せ、多めに魔力を流す。悲鳴をあげたルシファーへ、印影が消えた書類を押し付けた。
溜め息をついて引っ張り出した書類は、ざっと見積もっても半月分ほどあった。
「手伝いますから、片付けましょう」
あまり溜め込むと、文官への負担も増える。叱っても仕方ないと苦笑いしたアスタロトが仕分けを始めた。ベールも書類整理は手伝ったのだろうが、本業ではないため手落ちが出る。適性ならルキフェルが向いているのだが、魔族全般の様々な祭事や記録を取り仕切る彼の忙しさも知っていた。
事務の文官達を管理するのは、結局アスタロトの仕事だった。
書類を分類して大公の承認で済むものと、魔王の署名が必要なものを分ける。本来、最高権力者の署名が必要な書類など、全体の1割なのだ。しかし文官の頂点たる側近アスタロトの不在で、すべての書類がルシファーに回されたらしい。
てきぱきと書類を分けて、署名が必要なものだけ机の上に積んでいく。それを文句を言わずに淡々と確認して処理するルシファーは、いつの間にかリリスを膝に乗せていた。彼女がいると逃げられないので、そこは見逃す。
書類の中に、休暇中にルシファーがやらかした騒動の始末書や顛末書が混じっているのを、さりげなく抜いて隣の棚に積み重ねた。この数ヶ月で彼らが起こした騒動はかなりの高さに達している。
魔王軍統括で手が離せないベールの目を盗み、記録業務だけでなく調査や研究も行うルキフェルが知らぬ間に、お目付け役のアスタロトから解放されたルシファーは好き勝手に振舞っていた。
経理担当のベルゼビュートが頭を抱えるほどの請求書が並ぶ。これらは大公権限で、ルシファーの私財から補填するとして……。
アスタロトはさらに仕分けを続ける。リリスが無邪気に魔王の印章を書類に押していた。お手伝いが楽しいようで、満面の笑みで署名済みの書類に印章を乗せて体重をかける。リリスの両手で持つ大きさの印章は重そうだが、本人がご機嫌なのでアスタロトは放置した。
署名後の書類に押印している分には問題ない。将来の仕事を覚える意味でもプラスになるだろう、と。軽く考えた自分を後で罵ることになるが、このときは他のことに気を取られていた。
――視察中に壊した建物や、鳳凰襲撃の城門修理代に眉をひそめながら署名する。続いて魔王が凍らせた火口の経済損失の報告書を読み、下にあった災害補正予算を承認して積んだ。
フェンリルの森を一部吹き飛ばしたらしいこと、ゾンビの魔力溜りを壊そうとして森ごと焼き払ったこと、リリス嬢と彼女の側近達に魔法陣の実演をしてダークプレイスの南側を破壊し、孤児院訪問でなぜか大量の飴を配り歩いたこと。些細なことから大きなことまで、とにかく騒動ばかりの魔王様である。
「陛下」
「何も言うな……もうベールに叱られた」
すでに叱られたのだから許せと告げるルシファーのしょげた姿に、相当厳しく叱ったのだろうと予想がついた。アスタロトのような苛烈さはないが、違う意味で容赦がないベールだ。
「わかりました」
明らかにほっとした様子のルシファーが、新しい書類の束に手を伸ばす。真面目にやる気になった主君に満足げに頷き、押印済みの書類を手に取ったところで、アスタロトの動きが止まった。固まった状態で書類を食い入るように見つめ、慌ててリリスに声を掛ける。
「リリス嬢、ちょっと待ってください」
「どうしたの、アシュタ」
かなり流暢に話すようになったが、それでも渾名じみた呼び方は変わらない。髪飾りの簪を揺らして首をかしげる幼女は、手にした印章を朱肉の上においた。白い手や服の袖にも朱肉がついているが、そこは問題ではない。
「……印影が逆さまです」
「え? 嘘っ!」
慌てたルシファーが書類を確認し、大きくため息を吐いた。どうやら渡した後に何らかの理由で回ったらしい。逆さまに押された印影はすべて押し直しになる。ざっと見る限り100枚近い書類が逆さまだった。
「……魔法陣作って、ぐるりと回転させた方が早いかも」
ぼそっと呟くルシファーの提案に、アスタロトが首を横に振った。
「忘れたのですか? 印影を悪用されないように朱肉に魔力無効の効果をつけています。もし魔法陣を発動すれば、印影がすべて消えますよ」
本日最悪の残念なお知らせに、ルシファーはがくりと肩を落とした。そんな魔王の姿に、リリスはにっこり笑って頬に唇を押し当てる。
「パパが元気になるお呪い! 大丈夫よ、リリスがいるもん」
ちょっと眠っている間に、幼女に何を教えているんですか!? そんな軽蔑交じりの眼差しを向けるアスタロトへ「羨ましいだろ」と的外れの発言をしたルシファーがにやりと笑う。
「羨ましくはありませんが、この書類は明日の昼までに片付けてくださいね」
にっこり笑って魔法陣の上に『押し間違い書類』を乗せ、多めに魔力を流す。悲鳴をあげたルシファーへ、印影が消えた書類を押し付けた。
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