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19章 神獣は番を突き落とす

244. 凍結による経済損失が深刻

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 ピヨを火口に放り込んだ鳳凰は、こちらへの威嚇もやめてじっと火の水面を見つめる。マグマの表面が湖面のように揺れて、時折大きな気泡が破裂した。陽炎が発生して揺らぐ視界の中、鳳凰の視線は一点に集中している。

「あの場所にいそうだが……」

 結界を張っても近づきたくない火口に下りることを決め、ルシファーが飛び立った。もちろん腕の中のリリスは大喜びだ。赤く燃えるマグマの表面が近づくと、上から羽音が追いかけてきた。

「ん?」

『邪魔をするな、魔王』

 ばさっと影がかかり、鳳凰の爪が結界に当たる。かちんと硬い音が響いて、一番外の結界に細いヒビが入った。さらに攻撃を仕掛ける鳳凰の様子に気を取られたルシファーの腕から、鳳凰の爪に引っかかったリリスが落ちる。

「リリスっ!?」

「我が君! 姫!」

 凝視していたヤンの叫びが耳に届くより早く、手を伸ばす。ぎりぎりの位置をすり抜けたリリスの白い手に、背筋がぞくっとした。

 考えつく限りの魔法陣をすべてリリスへ送りながら、自身も全力で火口へ飛び込む。

「ぱぱぁ」

 ずっと守られてきたリリスに危機感はない。何かあればパパが助けてくれるのが当たり前で、自分に害をなす存在もほとんど知らずに育った。痛いのも苦しいのも、パパが何とかしてくれる。

 そう信じる幼女は、必死の形相で手を伸ばすルシファーへにっこり笑った。

「っ!」

 背中からマグマに落ちていくリリスへ、ルシファーは最後の魔法陣を展開した。

 真っ直ぐに飛び込んだ火口のマグマがリリスが触れる寸前、ぎりぎりの位置で魔法陣が発動して銀色の魔力が火口を覆う。視界が真っ白に染まる強い光が放たれ、魔力酔いするほど強い魔力が周囲を包み込んだ。

「……やってしまいましたか」

 アスタロトが頭を抱える。ベルゼビュートは見たことのない複雑な魔法陣に目を輝かせた。白銀の魔法陣は一気に広がり、火口全体を覆うと弾けるように凍りつかせた。

 マグマの流れはすべて止まり、かなり深部まで凍っている。

「すごいわ。この魔法陣は初めて」

「感激しているところ申し訳ないのですが、周辺の経済損失の計算をお願いします」

 指摘されて、無邪気に喜んでいたベルゼビュートが顔色を青くした。

 火山が近い地域は、熱帯気候で果物の生産地が多い。少し離れると温暖な気候を利用した観光業、火山の地熱を利用した温泉の恩恵もあった。つまり、魔族にとって憩いの場である亜熱帯が壊滅したのだ。

 経理や数字に強いベルゼビュートが視線を泳がせる。火山から得られる恩恵がすべて止まったとしたら、天災並みの被害が予想された。

「……何年で溶けるかしら」

 計算の基礎を尋ねるベルゼビュートの声は暗かった。一瞬で一年の損失が脳裏に浮かんでくる。観光に頼る街では、経済が壊滅的な被害を受ける地域もあるだろう。

「推定で80年前後でしょうか」

 前回はその程度で溶けましたよと軽く告げられた内容に、ベルゼビュートが溜め息を吐いた。

 火口が凍った以外の被害がないため、リリスの無事を確信した大公2人は別の心配を始める。もしリリスに何かあれば、ルシファーの怒りで火口どころか世界が凍り付いたはずだ。この場にいた彼らも無事で済む筈がなかった。

 我を失ったルシファーの八つ当たりで殺される可能性すらあるのだから。しかし、事情を理解していないヤンは慌てて身を起こした。

「我が君と姫をお助けしなくては」

 凍った火口へ一目散に駆けていくフェンリルは、すり鉢状の崖を器用に下りていく。そのまま凍ったマグマの上に飛び降りて、人影に向かった。
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