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19章 神獣は番を突き落とす
241. リリスの治癒魔法
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治癒が得意なベルゼビュートがいるのに、どうして完治させなかったのか。首を傾げるが、近づいて状況を理解した。ケガを完全に治して動けるようになれば、ヤンが大人しくこの場に留まらないと判断されたのだ。
アスタロトが影を縛る魔法陣を消すと、項垂れたヤンが震える声で謝罪した。
「申し訳…ございませぬ。我は、リリス姫よりお預かりしたヒナを守れず……おめおめと」
「そう自分を責めるな。ベルゼが間に合わず、ルキフェルも気付けないほどの相手だ。お前が城門を守ってくれたことに、オレは感謝している」
ぽんと彼の毛皮に触れる。大げさなくらい大きな身体を揺らしたフェンリルは、ぺたんと鼻を地面に押し付けて平伏した。
「ヤンは誰に苛められたの?」
ずっと眠っていたリリスの声に、ルシファーは慌てた。この惨状にリリスが何も思わないわけがない。幼い彼女にとって、ヤンは兄であり最初の従者だった。
「ヤンが黒くなってる」
泣きそうな声で幼女が手を伸ばす。灰色の毛皮に触れて、辛そうに眉をひそめた。リリスが表現する『黒い』は魔力が断絶された状態を示す。撫でながらリリスは「痛いの、痛いの、飛んでけ」とお呪いを口にした。
ふわっとリリスの黒髪が舞い上がり、背中に白い羽が1対現れる。どうやらお呪いに魔力を乗せたらしい。以前は出来なかったことを容易にこなしながら、リリスの手がヤンに触れた。
背中の焼けた毛が抜け落ちて、皮膚に残る火傷を癒していく。傷跡に新たな毛が生えて再生を始めた。大量の魔力を使うせいか、リリスの額に汗が滲む。
「終わりだ。リリス、よく頑張ったな。あとはオレがやる」
「パパはヤンを治して、くれる?」
「ああ。元通りに治してやるから、任せろ」
ほっとした様子で力を抜いたリリスの汗を拭い、ルシファーが魔力を高める。ヤンの巨体を覆う魔法陣を描くと、治癒を始めた。この大きな魔獣を癒すには大量の魔力が必要だ。潜在能力が高くとも、今のリリスには無理だった。
それ以前に、治癒魔法陣を使用しないリリスの治療は効率が悪い。魔法陣とは魔力を効率的に使うためのシステムだった。身勝手に揮うように見える魔法であっても、基礎になる仕組みを理解しなくては発動しない。
基礎の仕組みを可視化した魔法陣が銀色の光を帯びた。ヤンの傷が癒され、柔らかな毛に覆われて見えなくなる。焦げた尻尾の先が再生され、いつもの獣王としての姿を取り戻した。
「ヤン、今はまだ動くな」
「しかし!」
自分の失態だと考えるヤンは、珍しく反論を試みた。その口先を手で押し留め、ルシファーは首を横に振る。腕の中でぐったりするリリスの黒髪を撫で、疲れた娘を抱き寄せた。
「ベルゼが追い、ルキフェルとベールが調べている。結果が出るまで身体を休めろ」
「我の失態は自ら拭わねば……っ」
「黙れ」
ルシファーの低い声に、ヤンは耳を伏せて恐怖に震える。怒りを滲ませたルシファーは怒鳴らず、表面上は冷たい口調で切り刻むように告げた。
「お前の身を癒したリリスの厚意を無にするなら、二度と動けぬように犬として飼い殺してやろう。失態を拭う、だと? そんな許可を誰が出した。思い上がるのもいい加減にしろ」
答えることすら出来ず、目を閉じて震えるヤンがひたすらに地に伏せる。かつて子狼の頃に無茶をして、ルシファーに激怒されたことがあった。その経験が脳裏を過ぎる。
「陛下、落ち着いてください」
仲裁に入ったアスタロトは、どこか満足そうな顔をしていた。
アスタロトが影を縛る魔法陣を消すと、項垂れたヤンが震える声で謝罪した。
「申し訳…ございませぬ。我は、リリス姫よりお預かりしたヒナを守れず……おめおめと」
「そう自分を責めるな。ベルゼが間に合わず、ルキフェルも気付けないほどの相手だ。お前が城門を守ってくれたことに、オレは感謝している」
ぽんと彼の毛皮に触れる。大げさなくらい大きな身体を揺らしたフェンリルは、ぺたんと鼻を地面に押し付けて平伏した。
「ヤンは誰に苛められたの?」
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「ヤンが黒くなってる」
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ふわっとリリスの黒髪が舞い上がり、背中に白い羽が1対現れる。どうやらお呪いに魔力を乗せたらしい。以前は出来なかったことを容易にこなしながら、リリスの手がヤンに触れた。
背中の焼けた毛が抜け落ちて、皮膚に残る火傷を癒していく。傷跡に新たな毛が生えて再生を始めた。大量の魔力を使うせいか、リリスの額に汗が滲む。
「終わりだ。リリス、よく頑張ったな。あとはオレがやる」
「パパはヤンを治して、くれる?」
「ああ。元通りに治してやるから、任せろ」
ほっとした様子で力を抜いたリリスの汗を拭い、ルシファーが魔力を高める。ヤンの巨体を覆う魔法陣を描くと、治癒を始めた。この大きな魔獣を癒すには大量の魔力が必要だ。潜在能力が高くとも、今のリリスには無理だった。
それ以前に、治癒魔法陣を使用しないリリスの治療は効率が悪い。魔法陣とは魔力を効率的に使うためのシステムだった。身勝手に揮うように見える魔法であっても、基礎になる仕組みを理解しなくては発動しない。
基礎の仕組みを可視化した魔法陣が銀色の光を帯びた。ヤンの傷が癒され、柔らかな毛に覆われて見えなくなる。焦げた尻尾の先が再生され、いつもの獣王としての姿を取り戻した。
「ヤン、今はまだ動くな」
「しかし!」
自分の失態だと考えるヤンは、珍しく反論を試みた。その口先を手で押し留め、ルシファーは首を横に振る。腕の中でぐったりするリリスの黒髪を撫で、疲れた娘を抱き寄せた。
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「お前の身を癒したリリスの厚意を無にするなら、二度と動けぬように犬として飼い殺してやろう。失態を拭う、だと? そんな許可を誰が出した。思い上がるのもいい加減にしろ」
答えることすら出来ず、目を閉じて震えるヤンがひたすらに地に伏せる。かつて子狼の頃に無茶をして、ルシファーに激怒されたことがあった。その経験が脳裏を過ぎる。
「陛下、落ち着いてください」
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