218 / 1,397
17章 リリスのお取り巻き
215. 側近は多彩な特技が必須です
しおりを挟む
「……陛下、何をしておられるのですか」
驚きすぎて疑問符すら忘れたアスタロトの声に、頭上を振り仰ぐ。主を見下ろす形に気付いたアスタロトは、大きな荷物と一緒に下りてきた。
右手に持つ綱の先に複数の人間が縛られている。ぶら下げたまま結界も張らずに飛んできたのだろう。ぐったりした連中は、やたらと身なりが良かった。服装はもちろん、無駄に装飾品が多いし、体重もしっかり重そうだ。肌も脂ぎっていた。
「後で説明するが……そいつが主犯か?」
「ゾンビ作りを命じた主犯格ですね。実行犯の魔術師はすでに城門前に転送しました。協力していた貴族はまとめて縛り上げ、教会の前に放り出してあります」
魔術を使ってゾンビを製作したなら、当然痕跡が残る。魔術師はすぐ捕獲できただろう。そしてアスタロトが少しばかり丁寧にお伺いすれば、彼らはぺろりと主犯を喋ったはずだ。
……ちょっと魔術師が気の毒な気もする。アスタロトの尋問なんて、オレだって嫌だ。全力回避で逃げ回る案件だぞ。精神的に追い詰めすぎて涎とか出ちゃってる魔術師を、心の底から哀れんで見つめる。
「ありがとうございました」
「主犯は捕まえたが、まだゾンビがいるかも知れない。戸締りをしっかりしろ」
「は、はい」
頭を下げて礼を言う人族に忠告してやりながら、不思議そうな表情のアスタロトから目をそらす。左腕のリリスは、ご機嫌で人族に手を振っていた。しがみ付いたリリスの黒髪が風に揺れる。
「パパ、臭いの作った人はコレ?」
「人を指差しちゃいけません」
コレ呼ばわりは無視して、とりあえずリリスの指先をきゅっと握る。喜んだリリスがぶんぶんと手を振るので、付き合ってやりながら説明を始めた。これもすべて、残っている人族に聞かせるためである。
「臭いゾンビを作ったのは魔術師で、命じたのがこの貴族連中だ。どうやら王族に内緒で資産を増やそうと、魔族にケンカを売ったらしい。こないだから沢山ゾンビが来ただろう? あれは全部、こいつらの所為だ」
「資産ってなぁに?」
「土地、薬草、魔獣の素材、鉱石……種類は知らんが、欲しいものがあったんだろうな。貴族の墓所が魔王城前に繋げられたから、今後は攻め込み放題だぞ」
「攻め込んでどうするの?」
「リリスはどうしたい? 臭いゾンビを送ってきた街だから、壊しちゃおうか」
試すように尋ねると、リリスは小さな指を口に咥えて考え込んだ。まわりの人族が真剣な顔でリリスの次の言葉を待つ。
しんと沈黙が下りた場所で、猿轡をされた貴族がなにやら叫んだ。しかし聞き取れない上、アスタロトに蹴飛ばされて黙る。
「悪い人はやっつける」
「さっき追っかけられてた人は?」
「おうち帰っていいよ」
リリスの中で『許してあげる=おうちに帰る』となるらしい。なるほどと頷いたルシファーは、後ろで待っているアスタロトへ向き直った。
「というわけだ。我が妃の希望ゆえ、ここの住民に手出しはならぬ。教会前の貴族については人族の裁きに任せるとしよう」
「かしこまりました。魔王陛下」
互いに上手に芝居を終えると、ルシファーは見せ付けるように黒い翼を4枚広げた。複数対の翼を持つのは魔王のみ。人族にも伝わる伝承を示しながら、転移で城門前に移動する。
見慣れた城の前に広がる丘は、まだゾンビが散らばっていた。片付けには数日かかりそうだ。溜め息をつきそうになって我慢する。大きく吐くと吸い込む臭いも増えてしまう。
「ルシファー様、あたくし頑張ってますわ!」
手を振るベルゼビュートは、胸元が大きくはだけたドレス姿なのに右手にゾンビの頭を掴んでいる。汚れ仕事を厭わず積極的に片付ける姿は立派だが、正直なところ近づきたくはない。顔を引きつらせたルシファーが「ご苦労さん」と労うと、引きずったゾンビを転送用の魔法陣に放り込んで手を振った。
そういえば、城門前でリリスが大爆発やらかしたときも、アイツは自分に結界を張ってなかったな。臭いがつくことを嫌がるが、あの腐肉に触れるのは平気らしい。
……ベルゼなりに頑張ってるんだから、あとで何か褒美を用意するか。
見た目が放送事故レベルのベルゼビュートに手を振って城門へ近づくと、衛兵に囲まれた数人のローブ姿が簀巻き姿で転がっていた。縛り方が上手なので、おそらくアスタロトが縛ったのだろう。
奇妙な特技の多い側近を思い浮かべると、まるで召喚したみたいに現れた。右手に握る綱の先は、主犯がやはり簀巻きにされている。猿轡を噛まされた太った貴族がアザラシのように暴れた。いや、アザラシに失礼な表現だったか。
「ルシファー様、ご説明をお願いしますね」
「……わかった」
どうやら見逃がしてはもらえないようだ。
驚きすぎて疑問符すら忘れたアスタロトの声に、頭上を振り仰ぐ。主を見下ろす形に気付いたアスタロトは、大きな荷物と一緒に下りてきた。
右手に持つ綱の先に複数の人間が縛られている。ぶら下げたまま結界も張らずに飛んできたのだろう。ぐったりした連中は、やたらと身なりが良かった。服装はもちろん、無駄に装飾品が多いし、体重もしっかり重そうだ。肌も脂ぎっていた。
「後で説明するが……そいつが主犯か?」
「ゾンビ作りを命じた主犯格ですね。実行犯の魔術師はすでに城門前に転送しました。協力していた貴族はまとめて縛り上げ、教会の前に放り出してあります」
魔術を使ってゾンビを製作したなら、当然痕跡が残る。魔術師はすぐ捕獲できただろう。そしてアスタロトが少しばかり丁寧にお伺いすれば、彼らはぺろりと主犯を喋ったはずだ。
……ちょっと魔術師が気の毒な気もする。アスタロトの尋問なんて、オレだって嫌だ。全力回避で逃げ回る案件だぞ。精神的に追い詰めすぎて涎とか出ちゃってる魔術師を、心の底から哀れんで見つめる。
「ありがとうございました」
「主犯は捕まえたが、まだゾンビがいるかも知れない。戸締りをしっかりしろ」
「は、はい」
頭を下げて礼を言う人族に忠告してやりながら、不思議そうな表情のアスタロトから目をそらす。左腕のリリスは、ご機嫌で人族に手を振っていた。しがみ付いたリリスの黒髪が風に揺れる。
「パパ、臭いの作った人はコレ?」
「人を指差しちゃいけません」
コレ呼ばわりは無視して、とりあえずリリスの指先をきゅっと握る。喜んだリリスがぶんぶんと手を振るので、付き合ってやりながら説明を始めた。これもすべて、残っている人族に聞かせるためである。
「臭いゾンビを作ったのは魔術師で、命じたのがこの貴族連中だ。どうやら王族に内緒で資産を増やそうと、魔族にケンカを売ったらしい。こないだから沢山ゾンビが来ただろう? あれは全部、こいつらの所為だ」
「資産ってなぁに?」
「土地、薬草、魔獣の素材、鉱石……種類は知らんが、欲しいものがあったんだろうな。貴族の墓所が魔王城前に繋げられたから、今後は攻め込み放題だぞ」
「攻め込んでどうするの?」
「リリスはどうしたい? 臭いゾンビを送ってきた街だから、壊しちゃおうか」
試すように尋ねると、リリスは小さな指を口に咥えて考え込んだ。まわりの人族が真剣な顔でリリスの次の言葉を待つ。
しんと沈黙が下りた場所で、猿轡をされた貴族がなにやら叫んだ。しかし聞き取れない上、アスタロトに蹴飛ばされて黙る。
「悪い人はやっつける」
「さっき追っかけられてた人は?」
「おうち帰っていいよ」
リリスの中で『許してあげる=おうちに帰る』となるらしい。なるほどと頷いたルシファーは、後ろで待っているアスタロトへ向き直った。
「というわけだ。我が妃の希望ゆえ、ここの住民に手出しはならぬ。教会前の貴族については人族の裁きに任せるとしよう」
「かしこまりました。魔王陛下」
互いに上手に芝居を終えると、ルシファーは見せ付けるように黒い翼を4枚広げた。複数対の翼を持つのは魔王のみ。人族にも伝わる伝承を示しながら、転移で城門前に移動する。
見慣れた城の前に広がる丘は、まだゾンビが散らばっていた。片付けには数日かかりそうだ。溜め息をつきそうになって我慢する。大きく吐くと吸い込む臭いも増えてしまう。
「ルシファー様、あたくし頑張ってますわ!」
手を振るベルゼビュートは、胸元が大きくはだけたドレス姿なのに右手にゾンビの頭を掴んでいる。汚れ仕事を厭わず積極的に片付ける姿は立派だが、正直なところ近づきたくはない。顔を引きつらせたルシファーが「ご苦労さん」と労うと、引きずったゾンビを転送用の魔法陣に放り込んで手を振った。
そういえば、城門前でリリスが大爆発やらかしたときも、アイツは自分に結界を張ってなかったな。臭いがつくことを嫌がるが、あの腐肉に触れるのは平気らしい。
……ベルゼなりに頑張ってるんだから、あとで何か褒美を用意するか。
見た目が放送事故レベルのベルゼビュートに手を振って城門へ近づくと、衛兵に囲まれた数人のローブ姿が簀巻き姿で転がっていた。縛り方が上手なので、おそらくアスタロトが縛ったのだろう。
奇妙な特技の多い側近を思い浮かべると、まるで召喚したみたいに現れた。右手に握る綱の先は、主犯がやはり簀巻きにされている。猿轡を噛まされた太った貴族がアザラシのように暴れた。いや、アザラシに失礼な表現だったか。
「ルシファー様、ご説明をお願いしますね」
「……わかった」
どうやら見逃がしてはもらえないようだ。
23
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。
112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。
目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。
死にたくない。あんな最期になりたくない。
そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる