185 / 1,397
16章 ホトケの顔も三度まで?
182. 皆で食べると足りないの
しおりを挟む
バタン! 大きな音を立てて魔法によって開かれたドアに、全員がびくりと肩を揺らした。何事かと慌てるハイエルフが振り返った先に、大きな狼がいる。大型の牛サイズのフェンリルに跨るリリスが「パパ~!」と無邪気に手を振った。
促されるままヤンが歩いてくる。後ろを青い鶏ピヨが追いかけた。以前よりサイズが大きくなったので、かなり歩きやすいようだ。遅れることなくついてきたピヨは止まらずに魔王へ突進し、アスタロトに摘まれ捕獲される。
次にヤンの上から滑り降りたリリスが走り出した。さすがにリリスを止めるわけにいかず、アスタロトもベールも苦笑いで見逃す。玉座に座るルシファーの足に、ぼふんと抱き着いた。お気に入りのポシェットを斜め掛けした幼女は、にこにこと笑顔を振りまく。
「どうした? お勉強の時間だろう」
最初は最低限の礼儀作法を教えるため、貴族の奥方や令嬢が教師としてリリスにつけられる。その役割を貴族令嬢であり侍女としてリリスと面識があるアデーレに頼んだのだ。
「うん、終わったからパパとお茶するの」
「そうか。だがまだお仕事がある。少し待てるか?」
「わかった」
リリスが素直に頷いて、ルシファーの膝によじ登る。仕事中だから突き放すような物言いをするが、ハイエルフはリリスに好意的なこともあり、苦笑いして抱き上げた。
膝の上に座らせると満足そうに笑う。二つに分けて結んだ黒髪を撫でてから、ルシファーは眉をひそめた。いろいろ対策を考えても、結論は決まっているのだ。
騒動を起こして他種族の権利を侵害した人族に、相応の罰を与えなければならない。彼らは自分達が独立した種族であり、魔族を侵略対象と考えているようだ。しかし魔王にとって、すべての種族は自らの管理下にある。そこには人族も含まれていた。そもそも領土を与えたのは、魔王自身なのだから。
自治権を認めているが、他種族への侵略は許されない暴挙だった。
「しかたない。オレ……余が出向く」
いつもの気安い口調が出かけて、アスタロトに睨まれて言葉遣いを直した。種族間の騒動は基本的に魔王預かりであり、彼が側近達と出した結論に従って処理される。人族が絡む事案に魔王が直接出向くのは、勇者という特殊な存在が関係していた。
単にアスタロトやベールなどの大公に任せると、必要以上に人族に厳しくなる前例もある。魔族より脆く弱い種族だから手加減が難しいと言い訳しながら、彼らが人族の都をいくつか滅ぼしたのは数百年前だったか。
「陛下が出向かれるのですか?」
「今日の予定はどうなっている」
「書類決裁を明日に回しても、謁見予定が立て込んでおります」
予定表を確認したベールの答えに、ルシファーの眉がひそめられた。
「変更は?」
「難しいですね。緊急性が高い陳情もありますので」
話に興味がないリリスは、肩からかけたポシェットの中から小瓶を取り出した。以前にルシファーからもらった飴が入った大きな瓶は持ち歩きに適さないので、いくつか飴を移した小さめの瓶を用意したのだ。手の小さな子供にも開けやすいよう、捻るタイプの蓋だった。
音を立てずに蓋を開けると、6個ほど入った飴を眺める。それから人数を数え始めた。パパ、自分、アシュタ、ベルちゃん、ヤン、ピヨ、オレリアと2人……足りない。
飴を見てもう一度数えて、哀しそうな顔をした。
「リリス?」
顔を上げたり下げたりしている娘の様子に気付いたルシファーが名を呼ぶと、リリスは小さな声で事情を説明する。
「あのね、飴たりないの。皆で食べると足りないの」
小さな瓶を持ち上げて見せるので、ルシファーはふっと表情を和らげた。ここで1人で飴を食べても誰も文句を言わないのに、全員に分けようと考える彼女の優しさが好ましい。なにより困惑したリリスの顔も可愛い。
「そうか、パパは我慢できるぞ」
「やだ。みんなで食べないと美味しくないもん」
我慢はダメだと唇を尖らせるリリスに微笑んで、オレリアが口を開いた。
「我々はもう下がりますゆえ、リリス姫様は残った皆様とお食べください」
「それもやだ」
頬を膨らませて首を横に振るリリスは、助けを求めるように後ろのルシファーを見上げた。
促されるままヤンが歩いてくる。後ろを青い鶏ピヨが追いかけた。以前よりサイズが大きくなったので、かなり歩きやすいようだ。遅れることなくついてきたピヨは止まらずに魔王へ突進し、アスタロトに摘まれ捕獲される。
次にヤンの上から滑り降りたリリスが走り出した。さすがにリリスを止めるわけにいかず、アスタロトもベールも苦笑いで見逃す。玉座に座るルシファーの足に、ぼふんと抱き着いた。お気に入りのポシェットを斜め掛けした幼女は、にこにこと笑顔を振りまく。
「どうした? お勉強の時間だろう」
最初は最低限の礼儀作法を教えるため、貴族の奥方や令嬢が教師としてリリスにつけられる。その役割を貴族令嬢であり侍女としてリリスと面識があるアデーレに頼んだのだ。
「うん、終わったからパパとお茶するの」
「そうか。だがまだお仕事がある。少し待てるか?」
「わかった」
リリスが素直に頷いて、ルシファーの膝によじ登る。仕事中だから突き放すような物言いをするが、ハイエルフはリリスに好意的なこともあり、苦笑いして抱き上げた。
膝の上に座らせると満足そうに笑う。二つに分けて結んだ黒髪を撫でてから、ルシファーは眉をひそめた。いろいろ対策を考えても、結論は決まっているのだ。
騒動を起こして他種族の権利を侵害した人族に、相応の罰を与えなければならない。彼らは自分達が独立した種族であり、魔族を侵略対象と考えているようだ。しかし魔王にとって、すべての種族は自らの管理下にある。そこには人族も含まれていた。そもそも領土を与えたのは、魔王自身なのだから。
自治権を認めているが、他種族への侵略は許されない暴挙だった。
「しかたない。オレ……余が出向く」
いつもの気安い口調が出かけて、アスタロトに睨まれて言葉遣いを直した。種族間の騒動は基本的に魔王預かりであり、彼が側近達と出した結論に従って処理される。人族が絡む事案に魔王が直接出向くのは、勇者という特殊な存在が関係していた。
単にアスタロトやベールなどの大公に任せると、必要以上に人族に厳しくなる前例もある。魔族より脆く弱い種族だから手加減が難しいと言い訳しながら、彼らが人族の都をいくつか滅ぼしたのは数百年前だったか。
「陛下が出向かれるのですか?」
「今日の予定はどうなっている」
「書類決裁を明日に回しても、謁見予定が立て込んでおります」
予定表を確認したベールの答えに、ルシファーの眉がひそめられた。
「変更は?」
「難しいですね。緊急性が高い陳情もありますので」
話に興味がないリリスは、肩からかけたポシェットの中から小瓶を取り出した。以前にルシファーからもらった飴が入った大きな瓶は持ち歩きに適さないので、いくつか飴を移した小さめの瓶を用意したのだ。手の小さな子供にも開けやすいよう、捻るタイプの蓋だった。
音を立てずに蓋を開けると、6個ほど入った飴を眺める。それから人数を数え始めた。パパ、自分、アシュタ、ベルちゃん、ヤン、ピヨ、オレリアと2人……足りない。
飴を見てもう一度数えて、哀しそうな顔をした。
「リリス?」
顔を上げたり下げたりしている娘の様子に気付いたルシファーが名を呼ぶと、リリスは小さな声で事情を説明する。
「あのね、飴たりないの。皆で食べると足りないの」
小さな瓶を持ち上げて見せるので、ルシファーはふっと表情を和らげた。ここで1人で飴を食べても誰も文句を言わないのに、全員に分けようと考える彼女の優しさが好ましい。なにより困惑したリリスの顔も可愛い。
「そうか、パパは我慢できるぞ」
「やだ。みんなで食べないと美味しくないもん」
我慢はダメだと唇を尖らせるリリスに微笑んで、オレリアが口を開いた。
「我々はもう下がりますゆえ、リリス姫様は残った皆様とお食べください」
「それもやだ」
頬を膨らませて首を横に振るリリスは、助けを求めるように後ろのルシファーを見上げた。
20
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。
光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。
ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…!
8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。
同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。
実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。
恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。
自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。
勇者がアレなので小悪党なおじさんが女に転生されられました
ぽとりひょん
ファンタジー
熱中症で死んだ俺は、勇者が召喚される16年前へ転生させられる。16年で宮廷魔法士になって、アレな勇者を導かなくてはならない。俺はチートスキルを隠して魔法士に成り上がって行く。勇者が召喚されたら、魔法士としてパーティーに入り彼を導き魔王を倒すのだ。
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~
大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア
8さいの時、急に現れた義母に義姉。
あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。
侯爵家の娘なのに、使用人扱い。
お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。
義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする……
このままじゃ先の人生詰んでる。
私には
前世では25歳まで生きてた記憶がある!
義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから!
義母達にスカッとざまぁしたり
冒険の旅に出たり
主人公が妖精の愛し子だったり。
竜王の番だったり。
色々な無自覚チート能力発揮します。
竜王様との溺愛は後半第二章からになります。
※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。
※後半イチャイチャ多めです♡
※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる