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14章 飛び散るあれこれ、料理は爆発だ!

162. プリンを配りました

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 リリスはご機嫌だった。右手は作ったプリン、左手にルシファー、後ろにちょっと黒いアスタロト。前を歩く小さなヤンと後ろをついて歩くヒナが可愛い。

 ぷりぷり動くヒナのお尻を見ながら、リリスは音階のズレた童謡を歌っていた。誰も指摘しないため、ずっとズレたまま同じフレーズを繰り返す。

「次はお部屋でアシュタね」

「はいどうぞ」

 空の籠にルシファーから受け取ったプリンをひとつ入れる。手を繋いで歩いているため、籠を振り回すこともなかった。無事到着したアスタロトの執務室で、机の上にプリンを置く。

 机が少し高いので、背伸びした。後ろに倒れないよう魔力で支えるルシファーだが、手は貸さない。自分でやりたいお年頃らしく、うっかり手を貸すと叩かれるのだ。

「アシュタ、どうぞ」

「ありがとうございます。綺麗に作れましたね。おやつにいただきましょう」

「うん! 次のお部屋いく!」

 元気よくバイバイして出て行くリリスの籠に次のプリンを入れながら、ルシファーはいそいそと彼女と手をつないで逃げ出した。わかっていて見逃すアスタロトは苦笑いしている。

「私も甘くなりましたね」

 ルシファーが聞いたら全力で否定するだろう発言をし、机の上に残されたプリンを見つめた。幼子が必死に作ったプリンは、上に美しいカラメルが掛かっている。スプーンを収納魔法から取り出し、ひと掬いした。中までしっとりよく出来ている。どうやら漉したり攪拌する作業は慣れた者が行ったらしい。

「リリス嬢が手を出したのは、卵割りと……牛乳を足すくらいでしょうか」

 見ていたように呟いたアスタロトは、よく冷えたプリンを口に含んだ。滑らかな口当たりは蒸す温度を調整したイフリートがいい仕事をした証拠だ。つるんと喉を通る優しい味に、自然と頬が緩んだ。





 うまくアスタロトの説教から逃げられたと安堵するルシファーは、手を振りながら歩くリリスの旋毛を見ながら声をかけた。

「次は誰だ?」

「うんとね……ベルゼ姉さん」

「彼女は今日はいないから、他の人にしようか」

 さらりと軌道修正を促す。うーんと唸ったリリスが「他の人?」と首をかしげた。狙ってないのは承知のうえで、その仕草はルシファーにとってご褒美だった。やばい、可愛すぎる。にやける顔を引き締めながら、屈んで視線を合わせた。

「ルキフェルやベールに持っていこう」

「うん、あともう1個ちょうだい」

 2人一緒にいることが多いから、一緒に渡したいのだろう。言われるままに籠に並べると、1個の時よりぴったりきた。どうやら2個でぴったりサイズの籠らしい。

「ベルちゃんは?」

 どこにいるのと無邪気に尋ねるリリスに悪気はないが、ベルちゃんの渾名に吹き出しそうになる。笑ったことがバレると怖いので、顔の筋肉総動員で堪えた。

「今の時間ならお仕事してるよ。ルキフェルも一緒にいるんじゃないかな、行ってみる?」

 気配を探ると彼の執務室にルキフェルもいた。居場所を確認してから提案の形をとって尋ねる。結論を誘導しながらも、最後の判断を任せるルシファーの手口に、リリスは素直に頷いた。

「わかった、パパもいく?」

「一緒に行く」

 ここは即答しかない。同じ階にある少し離れた部屋に向かう。

 以前は石の廊下だったが、最近のドワーフは石材の上に絨毯を敷いたり、フローリング化計画と称して板張りを推奨している。理由は簡単、冬の寒さ対策だった。石の建物は夏は涼しく過ごしやすいが、冬は寒くて凍えてしまうからだ。

 快適さを求めるドワーフの追求は、意外な副産物があって文官に喜ばれている。廊下の中央に長い絨毯を敷いたことにより、人の歩く靴音が気にならなくなった。コツコツ響く音は室内にもよく聞こえるし、歩く本人も気を使うため、蹄がある種族からは特に喜ばれる。

「ベルちゃん、ロキ」

 いきなり扉を開いたリリスだが、一応入る前に声をかけている。名を呼んだ瞬間に扉を開けるので、ほとんど意味はなく……ないよりマシ程度だった。そろそろノックや礼儀を教える時期かもしれない。ルシファーが教師役を悩む間に、呼ばれた2人はそれぞれに反応した。

 慣れているのか、リリスの甲高い声に顔を上げたベールが立ち上がる。ソファで座って絵を描いていたルキフェルも、リリスへ駆け寄ってきた。

「あのね、リリスがお菓子つくったの! だから食べてね」

 にっこり笑いながら、宝石でも取り出すような慎重さでリリスが籠に手を入れる。籠の縁にひっかかるのか、片手で取り出すのが難しいようだ。大人なら机の上に置くなり、方法を考えるところだった。

 しかし相手は幼女だ。深い考えもなく籠から手を離した。両手を中に突っ込んで取り出せばいいと思ったのだろうが、その場合は重力に逆らえない籠が落下する破目になる。

「よっ」

 とっさに魔法で支えようとしたルシファーより早く、足元のヤンが頭で籠を支えた。上手に眉間の間で受け止める彼はいま、魔族で一番のイケ狼だった。

 えらいっ! よくやった、ヤン。

 声にしないが大公2人と魔王の気持ちが重なって、「よし!」という頷きになって彼に届けられる。頭上のリリスはようやっと取り出したプリンを、そっとベールの手に置いた。籠のバランスが崩れるが、ヤンは上手に頭を傾けて持ち堪える。

 そして残りの1個がルキフェルの手に渡された。直後、空になった籠が落ちてヒナの上に被さる。じたばた暴れるヒナごと籠を拾ったリリスへお礼の言葉が向けられた。

「ありがとうございます、リリス嬢。ルキフェルと一緒に頂きますね」

「リリス、ありがとう! 僕にもくれて嬉しかった!!」

 手を振って部屋を出たあと、彼らも各々スプーンを用意してソファに並んで腰掛けた。魔王の手を引いて歩く幼女を思い出し、笑顔でスプーンを口に運ぶ――ここで彼らの意識が途絶えた。
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