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12章 ワイバーンが拉致りました

147. あれは……やめよう

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「陛下、いま私に攻撃しませんでしたか?」

「いや……してない、はず」

 言い切れなかったのは、サーペントを切り裂いた刃のとばっちりらしき切り傷ゆえだ。ベールの衣の一部が切れている。どうやら彼の結界を通過し、落ちた威力で衣を裂いたらしい。

「悪かった。本当にごめん」

 幼い頃から面倒を見てもらった過去があるため、強く出られないルシファーが素直に謝る。溜め息をついたベールは、低姿勢の魔王に言い聞かせた。

「いいですか? 私だから良かったですが、万が一にもルキフェルを傷つけていたら」

 そこで意味深に言葉を切られ、恐る恐るベールの顔を見たルシファーが悲鳴をあげる。

「うわっ」

「生まれたことを後悔させますよ」

 こくこくと頷いたルシファーに満足したのか、ベールはそれ以上追及しなかった。もぞもぞ動いたリリスがベールを見送り、こっそり耳元で囁いた。

「パパ、ベルちゃん怖いね」

「べ、ベルちゃん?」

 驚きすぎて素っ頓狂な声を上げるルシファーに、リリスは幼子特有の残酷なまでの素直さで頷いた。

「うん、お菓子くれるベルちゃん」

 へえ、知らないところでお菓子くれてたんだ。ちらりと視線を向けると、バラされて動揺してるくせに誤魔化そうとするベールがいた。

 知らない場所でリリスを手懐けていたとは……油断ならない。ショタコンかと思ったら、ロリコンもいけるのだな。不名誉な称号を増やされているとも知らず、ベールはいそいそと距離を取った。もちろん、返り血で真っ赤に染まったルキフェルを連れて。

「餌付けしたのですか。道理でベールがくると喜ぶはずです」

 執務室でルシファーが仕事をしているとき、ソファで大人しく遊んでいたリリスが、書類を運ぶベールに笑顔で手を振る姿を目撃したアスタロトは「疑問が解けました」とすっきりした顔を見せる。

 仮にも王妃候補として立后したリリスに『餌付け』表現はどうだろう。そんなルシファーの疑問は、賢明なことに言葉に出されることはなかった。おそらく尋ねていたら、ワイバーン以外の血の雨が降ったと思われる。

 いつも通り微笑んだ美貌の側近は、白い肌に飛んだ返り血に気付いて眉をひそめた。袖で血を拭い、真っ赤に染まった大地を眺める。ワイバーンの欠片がいくつも落ちているが、完全な死体はない。ベールの魔法陣が機能している証拠だった。

 そう、ベールの魔法陣はきちんと機能している。この場にいる魔物すべてに……。

「パパ、あれ欲しい。捕まえて!」

 肩書きが娘から嫁に変わったリリスのお強請ねだりに、ルシファーは美貌を緩めてだらしない笑顔で頷く。

「どれだ?」

「あれ!」

 彼女の指差した先には、輪切りにしたはずの蛇……もとい、サーペントが復活していた。首を切られても即死じゃなかったらしい。爬虫類の生命力を舐めていた魔王が顔を引きつらせて飛び退る。

「やあ、あれ捕まえるのぉ!」

 幼いリリスの目に、色鮮やかな蛇はどう映っているのか。きっとカラフルな紐が歩いている程度の感覚だろう。大好きなパパに捕まえてくれるよう頼んだのに、なぜか飛び退って離れるので不満顔だった。

「あれは……やめよう」

「やだ」

「噛まれると大変だぞ」(主に毒の分離が)

「捕まえるんだもん」

 唇を尖らせたリリスは、地団太を踏むように腕の中で暴れた。落とすことはないが、暴れた手足がルシファーを軽く殴る形となり、困った魔王の眉尻がさがる。

 サーペントに近づきたくないが、リリスは欲しがる。即死させないと復活するから……どうやって殺すかも問題だった。首を切ってもすぐは死なないから、頭を潰すか? でもぐちゃぐちゃの死体にしたら、リリスが嫌がるだろう。

 迷う間にサーペントが距離を詰めてくる。

「うぎゃぁっ!」

 飛び上がって攻撃するサーペントに、魔王はらしからぬ悲鳴を上げて逃げ回った。
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