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11章 即位記念祭は危険がいっぱい

126. 今日も魔王城は平和です

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 春の花が咲き乱れる丘を歩きながら、ルシファーは朝の空気を吸い込んだ。数ヶ月前の寒い夜にゾンビが切り刻まれ、焼かれ、浄化された城門前は花が咲き乱れている。城門は真っ先にドワーフの修繕対象となり、10日ほどで使えるようになった。

 優秀な配下がいると楽が出来る。ご機嫌のルシファーの足元で、リリスが白い花をいくつか摘んでいた。しゃがんで花を選ぶリリスに付き合い、足を止める。見回した景色はゾンビ事件前より自然が溢れて美しい。

「やはり庭造りは、妖精族エルフに任せるに限るな」

 かつて拾った上級妖精族ハイエルフの子孫であるオレリアに頼んだところ、多くのエルフ達が参加してくれ、あっという間に丘は美しい姿を取り戻した。

 エルフの髪色に近い緑が一面広がる丘は見晴らしがいい。林がすこし続いた先が城下町になっていた。歩くと意外と遠く30分ほどかかる。

「パパ、しゃがんで」

「はい」

 請われるまま屈むと、リリスが赤い花をひとつ髪にし込んだ。上手に耳の上に引っ掛けられずに苦戦したが、なんとか形になると嬉しそうに頬を緩める。

「リリスの色なの」

 瞳の色と同じだと得意げに胸を張るリリスに微笑んで、足元の白い花を1輪摘む。リリスの黒髪に挿せば、黒に白が映えて可愛らしい。

「パパの色だ」

「お揃い?」

「ああ」

 色違いだが、同じように花を挿したという意味ではお揃いだった。純白の髪に赤い花、黒髪に白い花。互いの色を纏った状態が嬉しいリリスは、すこし音階の外れた歌を歌いながら手を引っ張る。しっかり手を繋いで散歩を再開したルシファーは無造作に結界を展開した。

 ぱちん、弾かれた矢がぽろりと地面に落ちる。幸いにしてリリスに気づかれていないので、そのまま散歩を継続した。また新たな矢が飛んでくる。もう諦めて帰ればいいと思いながら、娘の髪を撫でた。

「魔王! 正々堂々と戦えっ」

 矢が効かないことに焦れた男が飛び出す。青白い顔色だが褐色の肌と黒髪、黒い瞳の青年だった。角や鱗、翼も魔力もない人族の姿に、溜め息を吐く。

 見逃してやるつもりだったのに……矢が届かない時点で諦めて帰れよ。面倒くさい。そんなルシファーの溜め息を違う意味に受け取った男は、偉そうに名乗りを上げた。

「おれは西の英雄、アランだ」

「……それで?」

「パパぁ、この人変な色してる」

「こら、人を指差しちゃいけません。あと変な色じゃなくて、あれは魔力が少ない人族の特徴だぞ」

 まだ他種族の特徴や魔力と体色の関係性を知らない幼子は、無邪気に残酷な指摘をする。魔力が高い上位貴族に囲まれたリリスにとって、褐色の肌はそれだけで好奇心の対象だった。そして子供は残酷なほど歯に衣着せぬ。

 たしなめながら抱き上げて、屈辱に震える英雄とやらを振り返った。執務バージョンの言葉遣いでアランを追い払いにかかる。

「背後から矢を射掛けておいて、正々堂々とした戦いを望むのは筋違いであろう。出直すがよい」

 言外に「見逃してやるからさっさと帰れ」と促した。早く追い返さないとマズイ。そろそろ城門の兵から報告が届いて奴が来る。

「陛下、その無礼者は私が預りましょう」

 ほら、ぐずぐずして帰らないから、来ちゃったじゃないか。

 眉をひそめたルシファーの近くに魔法陣が浮かび、アスタロトが姿を見せた。人の影の中を移動できるくせに、わざわざ転移魔法陣を使うのは嫌がらせ半分だ。魔力が低いくせに刃向かう人族へ見せ付ける為に、美しい魔法陣を展開させた。

 肩にかかる金髪を風に揺らし、優雅に一礼して膝をつく。見た目は恭しいが、る気満々だった。

「それでは失礼して……」

「いやいや、おかしいだろ」

 魔王様執務バージョンの口調が崩れ、地が出た。慌てて側近の暴走を抑える。不思議そうな顔をするアスタロトに、言葉を重ねた。

「矢を射掛けただけだぞ、なにも殺さなくても」

「陛下は妙なことをおっしゃいますね。矢を射掛けられたのですか? それは敵対行為でしょうに、お許しになる理由がわかりません」

 くすくす笑いながら自称英雄のアランを転移させたアスタロトは、腕の中できょとんとするリリスに目を瞠り……「互いの色を交換したのですね」と髪に挿した花を指摘する。変なところで観察眼が鋭い側近の言葉に、リリスは嬉しそうに頷いた。

「パパとお揃いなの!」

「良かったですね」

 喜ぶリリスに頬を緩めている間に、アスタロトが転移してしまった。追いかけてまで助ける気はない。

「パパ、歩く」

 無邪気な要求に従って手を繋いで歩きだした。どこからか桜の花びらも飛んでくる。春の暖かさを含んだ風は心地よく髪を揺らした。見上げた空は青く、足元の花々は美しく咲き乱れる。

 今日も(魔族にとって)世界は平和だった。
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