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10章 遅れてきた災厄

124. 暴走した余剰魔力は有効利用

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 荒れる魔力の中心で、ルシファーは首をかしげた。以前も指摘されたが、リリスの魔力の質が自分に近い。いや、近いを通り越して同化できそうな……。

「陛下の魔力に似ていますね」

 同調に慣れたベールも同じ感想を抱いたようだ。魔獣を統括するベール自身は、幻獣に近い存在だった。他者の魔力に自らを同化させる術に長けている。その彼が似ていると指摘するなら、ほぼ同じ波長を持っていると考えていいだろう。

「この波長なら、同調できますよ」

 暴走しかけた魔力を抑えられるとベールが手を伸ばすが、リリスはぱちんとその手を払った。泣きそうな顔で叫ぶ。

「いやっ」

 地鳴りがして大地が裂けた。間違いなく、魔力はリリスの感情とリンクしている。感情の高ぶりに反応して、稲光が激しく空を彩った。激しい地鳴りは、城下町ダークプレイスの住民を不安に陥れていることだろう。リリスが疲れて眠るまで待つわけにいかなかった。

「リリス?」

 促そうと声をかけた。いやいやと首を横に振って拒否する娘に困ってしまい、ルシファーは抱っこしたリリスの背を撫ぜる。ぎゅっと首に手を回して髪に顔を埋めてしまった。

 背後で巨大な雷がひとつ、造りかけの塔を直撃する。バレて苦情が来る前にドワーフに謝る必要があるな、明日は早起き確定か……現実逃避しながら、雲に覆われた三日月を見上げた。

 ふと思いつきで提案してみる。

「リリス、パパとの同調もいやか?」

「……パパと」

 考えているのか、動かないリリスを辛抱強く待つ。その間に城門が雷に打たれようが、丘に入ったヒビが多少広がろうが気にしない。アスタロトは焦ってるし、ベールはルキフェル抱っこして結界に閉じこもってるが……まあ問題ないだろう。とばっちり受けたヤンの尻尾が焦げてるけど。

「どーちょー? させてあげる」

 結論が出るまでの数分間、雷は周囲を破壊し尽くしていた。思ったより被害が大きいので、許可が出ている間に収めてしまおうと、ルシファーはゆっくり呼吸を整える。

 リリスの魔力を侵食する形でじわじわと波長を重ねた。色を重ねるように、音を合わせるように、支配下に置いた魔力をしずめて抑える。

 雷が最初に消え、続いて地鳴りが止んだ。荒野になった丘はそのままだが、破壊行為が止まったことで逃げ回っていたヤンが戻ってくる。

 制御した魔力が温もりを伴ってルシファーの身体を巡った。温かな流れが全身を包み、不思議な心地よさに表情が和らぐ。

「パパ、痛くなくなった」

 大きな目をぱちくり見開いたリリスが、大喜びで手を叩く。魔力を色として認識するリリスでなくとも気付くほど、その効果は覿面てきめんだった。

 乱れていた魔力の流れがほぼ元に戻っている。完治まで数十年かかると踏んでいたが、これならあと1~2年で、すべての魔力が回復するだろう。引き千切られた乱れにより重かった右腕の痛みが消え、背中や翼の痛みも軽減した。

「本当だ。治してくれてありがとう」

 微笑んでリリスのお陰だと肯定すると、リリスは嬉しそうにルシファーの右手を撫でた。彼女の目には魔力の流れが見えているのだ。

「パパのお手手、お月様色になった」

「……流れが整っていますね」

 驚きすぎてぽかんとしているベールは、まだ結界の中から出てこない。腕の中のルキフェルも水色の瞳を瞠っていた。駆け寄ったヤンに気付いたリリスが手を伸ばし、抱きつくようにヤンの上によじ登る。腕の中が軽くなったルシファーが苦笑いする横で、剣を還したアスタロトがほっと息をついた。

 ばさりと翼を広げてみる。1対2枚の黒い翼は青を帯びた艶やかな姿で、先日の痛々しい傷は消えていた。少し考えて、残りも解放する。12枚の羽をすべて広げると、右肩がずきんと痛んだ。しかし翼自体はほぼ修復されており、魔力の暴走もない。

 矢が貫いた右手のひらの傷に、治癒の魔法陣を展開させる。全身に満ちた魔力は、造作もなく傷を癒した。

「もう痛みはないのですか?」

「全部広げると少し痛むが……2枚なら問題なさそうだ」

 アスタロトの問いに返すと、ようやく結界を解除したベールが近づいて翼に触れた。傷がない艶のある状態を確かめると「失礼しました」と一礼して手を引く。

「我が君……姫が…っ! うわああっ」

 ヤンの悲鳴に振り返った魔王と大公達の目に映ったのは、ヤンの頭の上で耳を引っ張って遊ぶ今回の功労者の無邪気な姿だった。
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