120 / 1,397
10章 遅れてきた災厄
117. おかしいですね
しおりを挟む
説教から解放されたルシファーが這うように移動したソファで、リリスは人形を抱っこしていた。ベルゼビュートは痺れた足を解しながら床に転がる。立てないらしい。ゾンビの移り香に顔をしかめる幼女が望んだのは、いつものバラの香りだった。
「パパ、おふろいこう~」
人形を置いて手を伸ばすお姫様を抱っこするが、痺れた足で立ち上がるとじわじわ痛みが走る。しかし動かないルシファーに痺れを切らしたリリスは、身体を揺すって催促した。
「パパぁ! おふろっ!!」
「……っ、わかってるぞ。今いく」
じんじんするつま先に注意しながら、壊れた機械のような歩き方で帰る主君を見送ったアスタロトは、執務室の床に転がるベルゼビュートに冷めた目を向けた。
「いつまで転がっている気ですか。事務仕事を手伝わせますよ」
「ひっ……帰る。帰ります!!」
自慢の巻き髪が散々な状態なのも直さず、慌てて転がるように部屋を飛び出した。ようやく静けさが戻った部屋で、アスタロトが書類を引き寄せる。ルシファーが休んだ今日の分だけでも、かなりの枚数があった。徐々に書類の山を減らして底が見えてきた頃、ベールが新たな書類を数枚持ち込む。
調査報告書と銘打たれた紙を受け取り、さっと目を通した。
「ルキフェルの調査結果です。あのゾンビの元になった魔物の生息区域と、発生地点が一致しませんね。あれらはフェンリルの領域より外に多く生息する魔物ですよ」
「……おかしいですね」
魔の森は各種族の縄張りによって区分けされている。長距離を移動したのであれば、どこかの種族が気付いて報告を上げるはずだった。森の管理を行うドライアドはもちろん、ハイエルフなども森の異常には敏感なのだ。
すべての種族が一斉に裏切る可能性は低く、反逆するにしても足並みを揃えるのは無理だろう。すべての魔族が魔王を見限ったとして、ゾンビなどという忌むべき手段を選ぶ可能性も低かった。死に損ないは見つけ次第に処分が、どの種族でも通例だ。
何より、魔王城の裏にある領域に発生したゾンビの原料である魔物が、魔王城の正面側に位置するフェンリルの領地より外に生息する種族であったなど……考えにくい。他の地域で発生させた魔物を、魔王城の裏であるアスタロトの領域に送り込むよりも、領地内の魔物をアンデッドにした方が早いからだ。
「ベール、今回の襲撃について追加調査を行いましょう」
書類整理の前にまとめたゾンビに関する検分結果を差し出す。現場で感じた違和をまとめたものだが、目を通すベールが怪訝そうな顔をした。
「炎に耐性、ですか?」
「ベルゼビュートが使った炎の柱は確かにゾンビに効果がありました。あの高温と威力から考えると、灰も残らず消えるはずですが、種族の特徴がわかるほど死体が残っていました」
一般的にアンデッドは浄化と火炎に弱い。燃やされることは浄化に繋がるため、炎はかなり有効な手段だった。それを知るベルゼビュートも、わざわざ炎の魔法陣を使ったのだろう。彼女の得意な水はアンデッドと相性が悪いのだ。
高温で一気に焼き払う魔法陣の威力は、間近で見たアスタロトが一番よく知っている。形も残らぬ灰となる温度で焼き尽くされたのに、特徴がわかるほど残っていた死体――炎に耐性があったか、炎を受け付けない何かが考えられる。
「私が使った風の方がよほど効果が高かったのです。奇妙ですね」
風で刻んでも、切り落とされた手足は勝手に動くのがゾンビの特徴だ。考慮して出来るだけ細かく刻んだとはいえ、あっさり動きが止まったことも違和感が拭えなかった。だから死体を地に埋めたりせず、そのまま現場を放置してきたのだ。
「もう少し調査させましょう」
ベールの慎重な態度に同意の頷きを送り、アスタロトは眉をひそめる。
「嫌な予感がします」
「パパ、おふろいこう~」
人形を置いて手を伸ばすお姫様を抱っこするが、痺れた足で立ち上がるとじわじわ痛みが走る。しかし動かないルシファーに痺れを切らしたリリスは、身体を揺すって催促した。
「パパぁ! おふろっ!!」
「……っ、わかってるぞ。今いく」
じんじんするつま先に注意しながら、壊れた機械のような歩き方で帰る主君を見送ったアスタロトは、執務室の床に転がるベルゼビュートに冷めた目を向けた。
「いつまで転がっている気ですか。事務仕事を手伝わせますよ」
「ひっ……帰る。帰ります!!」
自慢の巻き髪が散々な状態なのも直さず、慌てて転がるように部屋を飛び出した。ようやく静けさが戻った部屋で、アスタロトが書類を引き寄せる。ルシファーが休んだ今日の分だけでも、かなりの枚数があった。徐々に書類の山を減らして底が見えてきた頃、ベールが新たな書類を数枚持ち込む。
調査報告書と銘打たれた紙を受け取り、さっと目を通した。
「ルキフェルの調査結果です。あのゾンビの元になった魔物の生息区域と、発生地点が一致しませんね。あれらはフェンリルの領域より外に多く生息する魔物ですよ」
「……おかしいですね」
魔の森は各種族の縄張りによって区分けされている。長距離を移動したのであれば、どこかの種族が気付いて報告を上げるはずだった。森の管理を行うドライアドはもちろん、ハイエルフなども森の異常には敏感なのだ。
すべての種族が一斉に裏切る可能性は低く、反逆するにしても足並みを揃えるのは無理だろう。すべての魔族が魔王を見限ったとして、ゾンビなどという忌むべき手段を選ぶ可能性も低かった。死に損ないは見つけ次第に処分が、どの種族でも通例だ。
何より、魔王城の裏にある領域に発生したゾンビの原料である魔物が、魔王城の正面側に位置するフェンリルの領地より外に生息する種族であったなど……考えにくい。他の地域で発生させた魔物を、魔王城の裏であるアスタロトの領域に送り込むよりも、領地内の魔物をアンデッドにした方が早いからだ。
「ベール、今回の襲撃について追加調査を行いましょう」
書類整理の前にまとめたゾンビに関する検分結果を差し出す。現場で感じた違和をまとめたものだが、目を通すベールが怪訝そうな顔をした。
「炎に耐性、ですか?」
「ベルゼビュートが使った炎の柱は確かにゾンビに効果がありました。あの高温と威力から考えると、灰も残らず消えるはずですが、種族の特徴がわかるほど死体が残っていました」
一般的にアンデッドは浄化と火炎に弱い。燃やされることは浄化に繋がるため、炎はかなり有効な手段だった。それを知るベルゼビュートも、わざわざ炎の魔法陣を使ったのだろう。彼女の得意な水はアンデッドと相性が悪いのだ。
高温で一気に焼き払う魔法陣の威力は、間近で見たアスタロトが一番よく知っている。形も残らぬ灰となる温度で焼き尽くされたのに、特徴がわかるほど残っていた死体――炎に耐性があったか、炎を受け付けない何かが考えられる。
「私が使った風の方がよほど効果が高かったのです。奇妙ですね」
風で刻んでも、切り落とされた手足は勝手に動くのがゾンビの特徴だ。考慮して出来るだけ細かく刻んだとはいえ、あっさり動きが止まったことも違和感が拭えなかった。だから死体を地に埋めたりせず、そのまま現場を放置してきたのだ。
「もう少し調査させましょう」
ベールの慎重な態度に同意の頷きを送り、アスタロトは眉をひそめる。
「嫌な予感がします」
30
お気に入りに追加
4,953
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです!
12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。
両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪
ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/07/06……完結
2024/06/29……本編完結
2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位
2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位
2024/04/01……連載開始
死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります
みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」
私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。
聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?
私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。
だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。
こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。
私は誰にも愛されていないのだから。
なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。
灰色の魔女の死という、極上の舞台をー
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる