上 下
118 / 1,397
9章 遠足ってこんなんだっけ?

115. ゾンビは悪臭の巣でした

しおりを挟む
「え、あれ?」

 てっきりアンデッド達を包囲すると思った魔法陣が、自分達の足元に広がっている。そのままアスタロトによる選別が行われた人々は、一斉に安全な保育園の中庭へ転移させられた。

 見回して状況を確認したミュルミュール先生の顔が、ほっと緩む。

「さすがはアスタロト大公閣下です。全員揃っていますね」

「リリスちゃんと、リリスパパがいないわ」

 アリッサの指摘に、ミュルミュール先生は笑顔で言い切った。

「それなら大丈夫ですよ。魔王陛下は最強ですから」

「そうですな」

 貴族達の同意もあって、あっさり皆は納得した。湖のほとりには、アンデッド対策を行う大公と魔王が残っている。撃ちもらして街に侵攻してくる心配はなかった。






「……それで?」

「どうしました?」

 分かっていて質問へ質問で返すアスタロトに溜め息をつき、近づいて輝く金髪をくいっと一房引いた。顔を素直に近づけたアスタロトが、赤い瞳を瞬く。リリスに似た目の色を見ているうちに、なんとなく怒りが分散してしまった。

「なんでアンデッドが残ってるんだ?」

 当初の案では、アンデッドを別の場所に転移させて燃やす話だった。いつのまに逆になったのか。

「おかしなことをおっしゃいますね、陛下。もし親子と同じ場所にアンデッドも転移させたら、保育園が大惨事でしょうに」

 大きく溜め息をついたルシファーが、掴んでいた髪を離した。鼻を摘んだままのリリスが、白い髪を掴んで気を引く。

「リリス?」

「くちゃ~い」

 よしよしと撫でて、ふと気付いた。どうしてオレとリリスも一緒に保育園へ送ってくれなかったのか、と。この場で戦闘員として役に立たないのに、残された意味がわからない。

「アスタロト、転移してくれ」

「なぜです?」

 速攻で疑問が返ってきた。逆に、なぜオレを転移しない? と聞きたいのはこっちだ。互いの意思の疎通が出来ていない。

「もういい。片付けろ」

 ひらひら手を振って、だいぶ距離を詰めたアンデッドを示した。ベルゼビュートは取り出した弓に矢をつがえている。やじりに魔法陣を展開しているので、範囲魔法で一気に片をつけるようだ。以前人族の砦を攻めた際に使われた手法の応用だ。

「我が敵をめっせよ!」

 ベルゼビュートの口から、ちょっと厨二っぽい言葉が放たれた。同時に矢も飛んでいく。先頭の1匹に刺さった矢が中心となり、数十匹を巻き込んだ炎の柱が立ち上がった。真っ直ぐに上へ燃えたため、森への延焼を抑えたのは素晴らしい。

「やったわ!」

「見事だ、ベルゼ」

 ぐっと拳を握って喜ぶ姿は、新しい魔法陣のお試しだったらしい。成功した魔法陣が消えると、後ろからまたゾンビが歩いてくる。彼らに恐怖の感情はないから、退却という選択はなかった。餌となる生者へ向かって、ひたすら前進あるのみだ。

「ベルゼビュート、矢は群れの中央に当ててください。その方が効率が良いはずです」

 矢を中心に円形の魔法陣を展開するなら、先頭の1匹に当てるより集団の真ん中に投下した方が効果的だ。そう告げながら、アスタロトは自らの手に握る剣を鞘から抜き放った。まさか切り結ぶのかと眉をひそめたルシファーを他所に、彼は振りかぶった刃を一気に振り下ろす。

 風の刃を中心にした竜巻が、ゾンビを切り刻んで粉々に叩き潰した。以前にドラゴン族の男を粉砕した技の改良版か。余談だが、ドラゴン肉だと『魔獣スタッフが美味しく頂きました』のテロップで終われるが……腐肉ゾンビは斬っても潰しても臭い。ドブ攫い後は、掃除前より臭いのと同じ原理で……半端ない悪臭が広がった。

 ぷーんと漂う腐敗臭に、ヤンが鼻を押さえて呻く。リリスも顔をしかめ、ルシファーの首筋に顔を埋めてしまった。いやいやと首を振って半泣きだ。目に沁みてきそうなくらいの悪臭に吐き気が込み上げた。そういえば、先ほどお弁当を食べたばかりなのだ。

「あずだるど……ぐしゃいがら」

 鼻を摘んで情けない声で語りかけると、念話が返ってきた。

『素っ頓狂な声を出さないでください。笑いすぎて腹がよじれます』

『笑ってから言え! じゃなくて、臭いから。潰すの禁止で』

『何もしないくせに我が侭な人ですね』

 文句をつけるアスタロトは臭いを気にしていない。そこで思い出した。ヴァンパイア系の種族って、呼吸止めても平気なんだわ……そりゃ臭いを遮断するために息を止めるだろ。自分だけ楽しやがって。ルシファーの睨みつける視線に、裏技がバレたと気付いたアスタロトが笑ってみせた。

『気付くのが遅すぎます』
しおりを挟む
感想 851

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

処理中です...