上 下
104 / 1,397
8章 魔王陛下の嫁取り騒動勃発

101. ママはいらない

しおりを挟む
 部屋に戻る頃には、リリスがやたらと動いていた。起きているのだが、離れようとしない。首に回した手を必死で掴んでいる姿は、痛々しくて哀れだった。これほど怖がらせた連中を、捨てる程度で済ませた罰は軽すぎたと眉をひそめる。

 綺麗に元通りになったヤンの上に下ろそうとしても、嫌がって首を横に振る。

「リリス、パパがそばにいる。怖くないぞ。ヤンも護ってくれる」

「パパ……リリスね、ママはいらない」

 やっと声を聞かせてくれたが、なんとも反応に困る。リリスが知るママとは、保育園で一緒に遊ぶ友人達の母親だろう。優しくて温かく包んでくれる存在と認識していたはずだ。

 しかし集まった女達の「ママになってあげる」や「ママが欲しいでしょう」の問いかけに、恐怖の存在に変わってしまった。僅か3歳の幼児をここまで怯えさせるような対応をしたなら、この手で八つ裂きにしても足りない。

「そうか……パパもリリスだけいればいいよ。だからママは要らないね」

 リリスの黒髪に唇を押し当て、篭もった声で語りかける。絶対にリリスに誤解させないように、言葉は否定なしで肯定した。頷くリリスの動きを確認して、ようやく顔を覗き込む。

 目元は真っ赤になって、涙の跡がまだ残っていた。アスタロト達が戻るまでまだ時間がありそうだ。丸くなったヤンの耳の付け根を掻いてやり、伝言を頼んだ。

「リリスとお風呂にいくから、アスタロトが来たら待たせてくれ」

「承知いたしました」

 ぶんぶん尻尾を振るヤンが元の大きさに戻る。以前より広くなった魔王の私室を通り抜け、風呂にリリスを下ろした。ぎゅっと裾を握る姿が可愛くて、目線を合わせてしゃがみこむ。湯を張りながら、脱衣所に座り込んだ。膝の上にリリスを乗せて、ワンピースを万歳で脱がせる。

「よし、パパの服はリリスに任せる」

「うん」

 頑張る愛娘の手助けをしながら手早く裸になると、リリスを抱っこして運ぶ。いつも通り髪を洗い、身体を洗って湯に浸かる。普段と同じ手順に安心したのか、湯の中でリリスの緊張が解けた。強張った身体を解すように伸びをする。

「リリス」

「なぁに、パパ」

 今言うべきか迷うが、不安にさせるよりマシと思い切った。背中を預けていたリリスを向かい合わせに直し、赤い瞳を正面から見つめる。

「さっきの人達はパパのお嫁さんになりたかったんだ。でもパパはリリスが一番だから、お嫁さんはいらない。リリスのママもいらない――わかるか?」

「うん」

「アスタロトやベール達以外に呼ばれても、ついて行っちゃダメだぞ。いつもの4人以外がパパの名前を使って声をかけてきたら、すぐに逃げるんだ。これはパパと約束、指きりだ」

「指きり!」

 指切りを行って約束をした後、リリスはまだ指切りした右手を揺らしていた。久しぶりの真剣な約束が嬉しいらしい。やっといつもの可愛い笑顔を見せてくれた。

 噛み砕いて説明したのは、自分の手を離れた場所でリリスに変なことを吹き込む輩を心配したからだ。真っ直ぐに素直に育ってきたリリスは、ルシファーのためだと言われたら信じてしまう可能性があった。自分が嫌だと思っても、我慢するかも知れない。

 子供だからと誤魔化すのは危険だった。きちんと目を見て説明したルシファーに対し、リリスは手を伸ばしてルシファーの頬に触れる。何か考えている様子なので、根気強く待った。少しして、幼子は迷いながら口を開く。

「あのね、パパ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】虐げられた令嬢の復讐劇 〜聖女より格上の妖精の愛し子で竜王様の番は私です~

大福金
ファンタジー
10歳の時、床掃除をしている時に水で足を滑らせ前世の記憶を思い出した。侯爵家令嬢ルチア 8さいの時、急に現れた義母に義姉。 あれやこれやと気がついたら部屋は義姉に取られ屋根裏に。 侯爵家の娘なのに、使用人扱い。 お母様が生きていた時に大事にしてくれた。使用人たちは皆、義母が辞めさせた。 義母が連れてきた使用人達は私を義母と一緒になってこき使い私を馬鹿にする…… このままじゃ先の人生詰んでる。 私には 前世では25歳まで生きてた記憶がある! 義母や義姉!これからは思い通りにさせないんだから! 義母達にスカッとざまぁしたり 冒険の旅に出たり 主人公が妖精の愛し子だったり。 竜王の番だったり。 色々な無自覚チート能力発揮します。 竜王様との溺愛は後半第二章からになります。 ※完結まで執筆済みです。(*´꒳`*)10万字程度。 ※後半イチャイチャ多めです♡ ※R18描写♡が入るシーンはタイトルに★マークをいれています。

処理中です...