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7章 療養という名の隔離
90. 朝の散歩は襲撃の合図?
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朝のすがすがしい空気を台無しにする魔獣の大群が、リリスを抱っこしたルシファーを囲んでいた。牙を剥いて唸る姿は友好的に見えない。
「虐殺はちょっと……」
怖がらないとは思うが、幼子を抱いているので手出ししたくないと迷うルシファーの呟きに、駆けつけたヤンが呆れたように呟いた。
「我が君、彼らは操られております。我が目を覚まさせてやりましょう」
「助かる」
アオーンと大きな遠吠えをするヤンから、闘気に似た強い魔力が放たれる。地を走る獣の頂点に立つフェンリルの声に、我に返った魔獣達が恐縮しながら身を伏せた。大地を埋め尽くすほどの大群が一斉に伏せたため、地響きと茶色い景色が広がる。
「痴れ者めが! さがれ」
ヤンの号令で一斉に後ずさり、一定の距離を取ると整然と去っていく。大群を操った魔族の見当はついた。魅了系の魔力を使えるベルゼビュートの上級精霊族に連なる者だろう。違ったとしても、彼女の一族ほど魅了を知る種族はない。今回の犯人追跡に彼女らの能力は最適だった。
「犯人特定はベルゼに任せよう」
悠々と踵を返したルシファーの襟を、ひょいっとヤンが掴んで背中に乗せる。しかし散歩中だったルシファーは複雑そうだった。
「ヤン、オレは散歩してたんだが?」
「わかっておりますが、襲われたのですから護衛の背に乗ってください」
歩きたかったが、ヤンの高い背に乗ったリリスは大はしゃぎだ。
「パパ、ヤン高いね! ふかふかだね!」
「そうだな、リリスがいいなら乗っていこうか」
前言撤回で、ヤンに乗って庭を回ることにした。小山ほどもある狼の背で、リリスは嬉しそうに身を揺らす。落とさないよう魔力で支えるヤンが走った。
「どうした?」
「いえ、アスタロト様がお帰りです」
気配を感じて走ったのだろう。あっという間に城の庭にたどり着いた。先日のドラゴンは魔獣達の腹に収まったため、多少不自然な赤が散っていても肉片や骨は見当たらない。滑る形で降りたルシファーへ、アスタロトが一礼した。
「朝から魔獣の大群を察知しましたので帰城しました」
「お疲れさん、問題ないぞ。ヤンが追い払った。魅了が使える奴が絡んでそうだから、ベルゼに犯人探しを任せてくれ」
指示を出すと、機嫌がいいアスタロトがさらさらと指示書を作って転送する。続いて何か報告があるのか口を開きかけたアスタロトが、眉をひそめて城門方向へ顔を向けた。少し遅れて反応したヤンも同様に城門へ向けて唸る。
「パパ、何かいる!」
魔力感知に長けたリリスも指差すに至って、ようやく魔力を感じ取ったルシファーが溜め息をついた。癖で魔力を無意識に使おうとするルシファーの回復が遅れると、主治医のメフィストが魔力の大半を封印していったのだ。おかげで魔物の感知もほとんど機能しない。
「不便だな……メフィスト呼んで解除させようか」
「彼が召還に応じるといいですね」
遠まわしに「無理です」と告げるアスタロトは、右手に愛用の銀の剣を呼び出した。それなりに大物なのだろう。虹色に光を弾く刃を無造作にさげて、彼はすたすた歩き出す。リリスを抱いて後を追えば、彼女の手がルシファーの白髪をぎゅっと握った。
「リリス?」
「あれ、変な感じするの。やだっ」
不安に声を揺らすリリスの黒髪を撫でる。彼女の指が示す大地の色は、僅かに黒ずんでいた。もこもこと土が盛り上がり、巨大なミミズが飛び出す。その周囲を小さなミミズが付き従う。
「げっ……」
「私の想像と違いましたね」
大地をもぐって近づく気配の主は、ワームだった。確かにアスタロトが剣を抜くほどの相手ではない。彼が気配を読み誤るのは珍しいと首をかしげた。
「虐殺はちょっと……」
怖がらないとは思うが、幼子を抱いているので手出ししたくないと迷うルシファーの呟きに、駆けつけたヤンが呆れたように呟いた。
「我が君、彼らは操られております。我が目を覚まさせてやりましょう」
「助かる」
アオーンと大きな遠吠えをするヤンから、闘気に似た強い魔力が放たれる。地を走る獣の頂点に立つフェンリルの声に、我に返った魔獣達が恐縮しながら身を伏せた。大地を埋め尽くすほどの大群が一斉に伏せたため、地響きと茶色い景色が広がる。
「痴れ者めが! さがれ」
ヤンの号令で一斉に後ずさり、一定の距離を取ると整然と去っていく。大群を操った魔族の見当はついた。魅了系の魔力を使えるベルゼビュートの上級精霊族に連なる者だろう。違ったとしても、彼女の一族ほど魅了を知る種族はない。今回の犯人追跡に彼女らの能力は最適だった。
「犯人特定はベルゼに任せよう」
悠々と踵を返したルシファーの襟を、ひょいっとヤンが掴んで背中に乗せる。しかし散歩中だったルシファーは複雑そうだった。
「ヤン、オレは散歩してたんだが?」
「わかっておりますが、襲われたのですから護衛の背に乗ってください」
歩きたかったが、ヤンの高い背に乗ったリリスは大はしゃぎだ。
「パパ、ヤン高いね! ふかふかだね!」
「そうだな、リリスがいいなら乗っていこうか」
前言撤回で、ヤンに乗って庭を回ることにした。小山ほどもある狼の背で、リリスは嬉しそうに身を揺らす。落とさないよう魔力で支えるヤンが走った。
「どうした?」
「いえ、アスタロト様がお帰りです」
気配を感じて走ったのだろう。あっという間に城の庭にたどり着いた。先日のドラゴンは魔獣達の腹に収まったため、多少不自然な赤が散っていても肉片や骨は見当たらない。滑る形で降りたルシファーへ、アスタロトが一礼した。
「朝から魔獣の大群を察知しましたので帰城しました」
「お疲れさん、問題ないぞ。ヤンが追い払った。魅了が使える奴が絡んでそうだから、ベルゼに犯人探しを任せてくれ」
指示を出すと、機嫌がいいアスタロトがさらさらと指示書を作って転送する。続いて何か報告があるのか口を開きかけたアスタロトが、眉をひそめて城門方向へ顔を向けた。少し遅れて反応したヤンも同様に城門へ向けて唸る。
「パパ、何かいる!」
魔力感知に長けたリリスも指差すに至って、ようやく魔力を感じ取ったルシファーが溜め息をついた。癖で魔力を無意識に使おうとするルシファーの回復が遅れると、主治医のメフィストが魔力の大半を封印していったのだ。おかげで魔物の感知もほとんど機能しない。
「不便だな……メフィスト呼んで解除させようか」
「彼が召還に応じるといいですね」
遠まわしに「無理です」と告げるアスタロトは、右手に愛用の銀の剣を呼び出した。それなりに大物なのだろう。虹色に光を弾く刃を無造作にさげて、彼はすたすた歩き出す。リリスを抱いて後を追えば、彼女の手がルシファーの白髪をぎゅっと握った。
「リリス?」
「あれ、変な感じするの。やだっ」
不安に声を揺らすリリスの黒髪を撫でる。彼女の指が示す大地の色は、僅かに黒ずんでいた。もこもこと土が盛り上がり、巨大なミミズが飛び出す。その周囲を小さなミミズが付き従う。
「げっ……」
「私の想像と違いましたね」
大地をもぐって近づく気配の主は、ワームだった。確かにアスタロトが剣を抜くほどの相手ではない。彼が気配を読み誤るのは珍しいと首をかしげた。
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