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3章 リリス嬢、保育園でお友達作り

43. 見ちゃいけません!

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「意地悪ばかりする豚さんは、他の動物に嫌われてしまいました。誰も遊んでくれなくなった豚さん、寂しくて涙が零れてしまいます。すると、月の女神様が優しく声をかけました。あなたが他の動物に優しくすれば、きっとわかってくれますよ。次の日から豚さんは困っている人をみると助け、重い荷物を運んであげるなど、他の動物達に優しくしました。徐々にお友達が増えていき、豚さんは幸せに暮らしましたとさ。おしまい」

 教訓となる絵本を見つけては、読み聞かせる。毎日繰り返して、他者と共通の善悪を覚えさせる。彼女が良いと思っても、他者には悪い行為もあるのだから。事実、噛み付く行為がそうだった。彼女は悪いと思っていないが、噛まれた方は痛いし不快になる。

 沢山の事例を積み重ねて覚えさせる方法は効率が悪いようだが、リリスの思考の基礎となる部分なので疎かに出来なかった。いろいろな種族の育児書を取り寄せて読んでみたが、最終的にほとんど同じような内容だったのだ。

「ぶーさっ、ぶー」

 豚さんを指差して騒ぐリリスが、絵を叩く。その手を止めて、言い聞かせた。

「叩かない。豚さんは悪いと気付いて、ちゃんといい豚さんになったんだから。叩いちゃダメだぞ」

 このダメを言い聞かせることで、リリスは格段に賢くなった。『魔力が多いほど成長が遅い』という魔族特有の現象を、そのままの文面で受け取ったルシファーだが、本来の意味は違う。専門書を読んだ際に注意書きとして書かれていた小文字の一文で気付かされた。

 あれは『魔力が多いほど、身体はゆっくり育つ。だが精神や脳は通常の子供と同じように成長する』という意味だった。つまり立って歩くのが遅くなるのが当然だが、他者の話を理解したり話す能力は通常の幼児と同じはずだ。

 そう考えると、リリスが話す言葉が気になり始めた。他の子より遅いかもしれない。

 不安でアスタロトに相談したところ、呆れ顔で溜め息を吐かれた。

「あなたは興味がなくて放り出しましたが、初代セーレも成長が遅かったでしょう。幼児の頃は個人差が激しいんです。人族ならば言葉を話す能力は、親の話しかけの量に比例すると聞きました。しっかり話しかけてください」

 それ以来、小さなことでもリリスに話しかけるように心がけている。同時に彼女が何か声を発したら、必ず聞くようにした。すると少しずつだがリリスのお話しが増えている気がした。

「ぶー、さ。いぃ」

 豚のイラストを撫でるリリスの可愛さに、黒髪へキスして頬ずりした。スキンシップは言葉以上に大切にしている。

「ルー、うえし?」

 褒められたことで、ルシファーがどう思うか気にする。以前は他者を思いやることがなかったリリスの成長に、目を見開いてから笑顔を向けた。

「ああ、嬉しいぞ。リリスが優しくて可愛い子になってくれて、豚さんのことを撫でてあげられる子で、本当に嬉しい」

 にっこり愛らしく笑うリリスを抱いて立ち上がった。

「お風呂に入って寝ようか。明日も保育園だもんな」

「あぅ。ほーくえ…」

 どうしても「ん」が出てこないリリスに、くすくす笑いながら彼女の髪飾りを外す。魔法陣を解除しなければならないため、どうしてもルシファーが外す必要があるのだ。ワンピースを脱がせて抱き上げる。タオルに包んで侍女に渡せば、見計らったようにアスタロトが顔を見せた。

「陛下、こちらだけ緊急なのですが」

「はいよ……保育園の支援?」

 つい先日予算を組んだばかりなのに、何があった? そんな視線の意味を悟ったアスタロトが苦笑いして2枚目の添付資料を見せた。

「玩具と絵本の破損が思ったより激しく、予算の計算が甘かったようです」

 提出された当初の予算で揃えた絵本と玩具の大半が、すでにぼろぼろだった。当初のリリスの扱いを見ればわかるが、他の保育園から転園した子がほぼなく、我が侭放題の貴族の子ばかりだ。仕方ないだろう。

「承認する」

 署名して渡したところへ、すっぽんぽんのリリスが走ってきた。後ろから侍女がタオルをもって追いかけてくる。微笑ましげに見つめるアスタロトだったが、直後に黒い翼に視界を奪われた。

「見るなっ、リリスは嫁入り前の娘だぞ!」

「………なぜでしょうね、正論なのに腹が立ちます」

 アスタロトの呟きを他所に、リリスが侍女にタオルで包まれるまで、彼の視界は奪われたままだった。
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