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3章 リリス嬢、保育園でお友達作り

40. 明日も保育園に行こうな

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 リリスを抱っこするのに、こんなに気を使ったことがあったか。自問自答しながら、唇を尖らせ頬を膨らませたリリスを抱き上げる。伸ばした手を叩いて拒否するくせに、抱き締めた途端に顔を押し付けて泣き始めた。

 かなり我慢していたのだろう。その背を叩いて泣き止ませながら、城へ向かって歩いた。気を利かせたベールとルキフェルは「寄る場所がある」と別行動だ。まあ、ある意味逃げられたとも言う。

「リリス、保育園はどうだった?」

 聞くまでもなく分かった質問をする。ぐすぐす鼻をすするリリスの顔を、取り出したハンカチで拭ってやった。真っ赤になった鼻をかむと、ようやく小さく答える。

「や、ルー。やぁあ」

 あの場所は嫌だ、保育園は嫌だと重ねて必死に訴える。今までのルシファーなら、この我が侭は許されただろう。相槌を打ちながら、リリスが望むように状況を導いてきた。「じゃあ行かなくていいよ」の言葉を期待する幼子に、ルシファーは溜め息をつく。

 身内であるアスタロトやベールは何度も指摘した。リリスが身勝手で我が侭な暴君であると、訴えてきたのに……結局ルシファーは退けたのだ。気に入らない意見を、自分と対立するからと検討もせず切り捨てた。まつりごとならば絶対に行わない暴挙を、リリスに関しては当たり前に行う。

 だから保育園を作った。他の子供と触れ合わせ、『保護者ルシファー』と『当事者リリス』に何が悪いかを理解させるために。もちろん城下町の発展や、将来を担う子供の育成に力を入れる理念は本物だ。そこに少しの彼らの願いを混ぜたに過ぎない。

「そうか。でも明日も行くんだぞ」

「う、ルー! やっ!」

「お友達を噛んだんだろ? ちゃんと謝らないとダメだ。リリスだって噛まれたら嫌だろう」

 城門をくぐって中庭を通り抜ける。その間も身体をのけぞらせてリリスは「嫌だ」と全力で示し続けた。この姿を見ればわかる。どれだけ自分が間違った方向で甘やかしてきたのか……リリスでなければ、うんざりして手放しただろう。

「リリスはパパを好きか?」

「るぅ、…うき」

 口を窄めたり閉じての発音が未熟なので「す」や「ん」はまだ上手に言えない。それでもにこにこ伝えるリリスの、泣きはらした眦にキスを落とした。ここで甘い顔をしたら終わりだ。自分を戒めながら、伝える言葉を選んだ。

「パパもリリスが好きだぞ。だから保育園は行こうな。その時間はパパもお仕事する」

「……やっ!」

 尖らせたリリスの唇を指先で押し戻して、にっこり笑って条件を出す。

「じゃあ……リリスが明日も保育園行くなら、パパは早く仕事終わらせてお迎えに行く。一番だぞ!」

 誰よりも早く迎えに来るという言葉に、ぱちくりと大きな赤い瞳が瞬く。自分の指を咥えて、ちょっと考え込んだ。気に入ったお人形を譲らなかったあの子は、母親らしき女の人がすぐに迎えにきた。一番じゃなかったが、リリスより早くお迎えに来たのだ。

 それも悔しかった。朝泣いたときはすぐ来てくれたのに、帰りはすぐ来なかった。皆が玄関を見ている中、お人形を抱いて待っていたリリスは、待ちくたびれて人形を引っ張っていたのだ。

「……いちばぁ?」

「そう、一番だ! これはパパと指きりの約束しよう。お風呂で指きりしたら、絶対守らないとダメなんだぞ! どうする?」

 リリスにとって、それは非常に魅力的な条件に思われた。今日の意地悪なあの子より早く、大好きなルーがお迎えに来てくれる。嬉しくなって頷いた。

「ルー、うびきぃ」

「ん? もしかしてリリス、お話しが上手になってないか?」

 いきなりすぎるが、他の子供と接したせいだろうか。もしかしたらルキフェルと同じように、自分で成長を抑制していた可能性もある。前に読んだ人族の育児書だと、リリスの年齢ならば単語はもっと流暢に話してもおかしくなかった。

「ルー! うぁ……」

「上手だな、リリス。もっとお話ししてごらん」

 ようやく機嫌が上昇し、明日の保育園行きも無事確約したルシファーは頬を緩めながら、可愛い我が子に頬ずりをした。

 そのだらしない表情すら格好よかったと侍女達がひそひそ交わす話は、残念ながら上層部まで届かぬまま城下町の噂の種となった。
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