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3章 リリス嬢、保育園でお友達作り

38. 魔王様、盛大に殴られる

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 保育を担当する角馬族ユニコーン精霊族フェアリー樹人族ドライアドの男女が、玄関先で様々な種族の子を預っていた。民間で同じような保育施設は存在するが、公的に魔王城が募集しただけあって、やはり貴族の子が多い。

 貴族は自宅で我が子を教育することが普通で、預ける発想はまずない。城下町の子供達は、すでに民間の保育施設に通っていた。転園してくる子は少なく、ほとんどが新規なのだ。森の中の種族が多いため、ドライアドは強力な監視役になるだろう。

 思ったより多い子供の数に驚きながら、リリスを目の前のユニコーンに託す。素直に離れてしまったので、空になった左腕が寂しい。ぐずって欲しいとは思わないが、あまりにあっさり「ばーばー」と手を振られてしまった。

「……リリス」

「あなたが子離れしなくて、どうします!」

 ベールはルキフェルを預け終えたようで、軽く手を振ってからルシファーを引き摺って玄関を出ようとする。

「だって、……こんなあっさり。普通はぐずって……」

 泣いて見送ってくれるんじゃなかったのか? 最初の説明と違うぞ! 抗議するルシファーが指差す先で、魔狼族の子供が必死に親にしがみ付いていた。隣は兎人族で、やはり大泣きした子供がいる。後ろ髪を引かれる思いで離れる親達を、羨ましそうに見つめた。

「ぐずらないのは、リリス嬢の自立心の表れでしょう。成長を喜んであげてください!」

 なんとか説得しながら、無理やり玄関をくぐり抜けたところで泣き声が聞こえた。

「るっ! ルー!! うわああああ、ルー!」

 姿が見えなくなったことで、ようやく不安になったらしい。アスタロトやベールが抱き上げる経験を経て、近くにルシファーがいれば抱っこされても平気だと学んでいたのだろう。それがルシファーがいないのに、知らない人に抱っこされている。現状に驚いたのだ。

 泣き声を聞くなり、バチンと雷でベールの手を弾いたルシファーが飛んで戻った。そう、文字通りちょっと宙に浮いていたんじゃないかと思われる。素早い動きでユニコーンの手からリリスを受け取り、黒髪を撫でて落ち着かせた。

「ルーだぞ、リリス。もう泣かなくていい……っ」

 後ろから怒りの形相で歩み寄ったベールが「失礼」と詫びにならない一言と一緒に、凄い勢いでルシファーを殴り倒した。油断しきった状況で後ろ頭を叩かれて、ルシファーが崩れ落ちる。咄嗟に子供を回収したユニコーンが目を見開いた。

「あとはお任せします」

 気を失ったルシファーを肩に担ぐと、ベールは優雅な足取りで帰っていった。

「……この騒ぎは毎朝起きるのかな?」

「大丈夫よ、最初の数日だけだから」

 子供がなれてしまえば平気。そう告げるベテラン保育士ドライアドの言葉に、新人ユニコーンは不安そうな顔をしながらも、泣き出したリリスをあやしていた。




 がばっと起き上がると、そこは執務室のソファだった。

「え、リリスは? 泣いてただろ」

「陛下、あれは子供の成長過程です。それより早く執務を終えませんと、お迎えの時間に間に合いませんよ」

 大量の書類を指差すベールに舌打ちされる。きっと彼の内心は「散々説明しといただろ、育児書ちゃんと読んだのか!? ああ?」と荒い言葉で罵倒しているかも知れない。睨みつけるベールの表情に、渋々書類を引き寄せる。

 ちらちら彼の顔色を窺いながら、ルシファーは書類の山を崩し始めた。結局昼食の時間を削りに削って、ようやく夕方にすべてを決裁し終えた。

「よし、お迎えだ!!」

 今日一番の笑顔で立ち上がったルシファーの膝から、ひらりと書類が一枚落ちる。拾い上げると複雑な計算式が並んだ添付資料だった。決裁中に落ちたのだろう……あの山のどこかから。

「明日にしよう」

「陛下……」

 どういうつもりか尋ねるベールの声に、「いまやる、今やるから!!」と必死の弁明をしながら書類を確認し始めるルシファーがいた。当然ながらお迎えがすこし遅れたのは、言うまでもない。
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