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3章 リリス嬢、保育園でお友達作り

35. リリス、保育園通いが決まる

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「24時間も働かせるわけないでしょう。8時間ずつの3交代制です。書類の後ろにスケジュールを表にして添付したはずですよ。何を読んだのです!」

「すみませんっした!」

 咄嗟に敬礼して姿勢を正すルシファー。元から魔族軍や貴族の統括を担当するベールの迫力に、ルシファーはたじたじだった。年上が部下だと、こういう面は勝てない。

「ドワーフ達が頑張ってくれて、外観はほぼ終わりました。あとは内装ですが……凝り性ですからね。きちんと納期までに終わらせてくれるといいのですが」

 ドワーフは精密な彫刻や加工が得意だ。そのせいか、職人気質でとっつきにくい無骨な性格の連中が多い。基本的に人は良いし、仕事は一生懸命で絶対に手を抜かない。凝りすぎて納期を無視する点と、大酒のみが欠点だった。

「書類に書かれていた建設場所は、わかりますか?」

「えっと……城門から見える城下町の外れ!」

 警護の兵が駆けつけられる距離で、城下町の住民が通いやすい場所。確かそう記述があったはずだ。頼りない記憶をかき集めて答えれば、なぜかアスタロトに苦笑いされた。

「施設は5日後から運営を開始します。リリス嬢も通わせましょうね」

「どうして?」

 素で尋ねるルシファーは埃塗れになった純白の髪を手で梳きながら、心底不思議そうだった。

「自覚がないのは……尊敬に値します」

「まあ、陛下ですからね。当然かもしれません」

 すごいわかりやすいディスり方された。そんなルシファーの不満そうな顔に、眠りかけたリリスを抱いたアスタロトが説明を始める。

「いいですか? 1年前に陛下が乳母を断った際、何と約束しましたか。ちゃんと躾をして立派に育てるとおっしゃいましたが、実際に1年経ってみたら散々でした。この1年でリリス嬢が巻き起こした事件やトラブルのリストです」

 戦国時代の巻物のような長いリストを取り出したベールに、ルシファーが顔を引きつらせる。リストを掴んで読み始めると、どうやら事件が起きた順に書かれているらしい。

 リリスが『白い悪魔』と呼ばれた最近の事件からさかのぼる形で、城の侍女に噛み付いた件、執務室を墨だらけにした件、由緒ある壷を割った件などが並んでいた。ちなみに壷はルシファーがそっと修繕したが、結局バレた経緯がある。

「人に噛み付くこと25回、毛をむしること34回、尻尾や耳などの急所への攻撃19回……」

「わかった、わかりました! でも保育園でリリスが苛められたらどうするんだ」

 懸念を突きつけたルシファーへ、ベールが静かに言い聞かせた。

「協調性を身に付ければ、苛められる確率も格段に減ります。なにより最低限の躾を行うべきあなたが役立たずだから、保育園へ通わせるのです。ちょうど国民から保育施設の要請がありましたし、よい機会でした。リリス嬢もお友達が出来たら他人の痛みが分かるでしょう。彼女が他者から愛される子供に育つために、陛下は我慢できますね?」

 そういわれると反対できない。リリスが皆から愛される子供になるのは歓迎だ。でも手元から離したくない本音もある。

「うう……」

 頷きたくない本音と、承諾しなければならないと諭す理性の間で、ルシファーの気持ちは揺らいでいた。その頃、アスタロトの腕の中でリリスの首も揺れている。どうやら眠りの船を漕いでいるらしい。

「陛下はご存じないでしょうが、保育園に預けられる子供は最初泣くそうです。ですが、仕事を終えた親が夕方迎えに来てくれるのを、楽しみに待っています」

 ベールの説明に続いて、誘惑する言葉をアスタロトが羅列した。

「毎朝名残惜しいと思いながら、愛し子を保育園に預け……きちんと仕事を終えたパパのお迎えを楽しみに待つリリス嬢。あなたが迎えに行くのですよ? きっと抱きついてくれるでしょうね。毎日『パパ大好き』と言ってくれるのではありませんか」

「通わせる! 毎日送り迎えする!!」

 きらっとルシファーの目が輝いた。その嬉しそうでだらしない顔を見ながら、ベールとアスタロトは念話をかわした。

『本当にちょろい、いつになっても成長しない人ですね』
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