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2章 魔王様のお姫様は悪戯ざかり

33. 脱走だ!者ども出あえぇ!

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「であえええ!! 者ども! 陛下が脱走したぞぉお!!」

 叫んだアスタロトの声に、一斉に城の警備担当が走り出した。外へ続く階段と通路がすぐさま封鎖される。警備上の問題で、城内と城外の転移魔法陣は封じられていた。

 中庭に出れば転移が使用できるのに……舌打ちしながらルシファーは鎧の後ろに隠れる。中庭に続く廊下には、立派な鎧が数十体並べられており、柱との間が丁度いい隠れ場所だった。

「ここはすぐに見つかる」

 腕の中ですやすや眠る、ある意味豪胆なリリスをじっとみる。

「安心しろ、パパが必ず逃がしてやるぞ」

 何と戦ってるのか、よくわからない発言をしているが、これは先日読んで聞かせた英雄譚の一部まるパクリである。読み聞かせは幼児の情緒教育に重要であるというベールの発言に感化され、毎夜読み聞かせを行った。その結果、なぜかリリスは同じ本ばかりを好み、ルシファーは内容をそっくり覚えてしまった。

 ちなみに本の内容は――魔王退治をする女勇者と、その偉業を助けた父親の冒険。

 凝り性のルシファーが声色まで変えて必死に読み聞かせしたため、リリスお気に入りの一冊となった。内容をもう少し吟味して読み聞かせないと、そのうちリリスに退治されそうな魔王ルシファーである。

「お前には指一本触れさせないからな」

 黒髪を撫でながら陶酔しているルシファーの耳に、足音が聞こえた。近づく足音に息をひそめる。こんなシーンあったな……本の内容が脳裏を過ぎった。

「我が君、こちらで何を?」

 ベルゼビュートがこてりと首をかしげる。その姿に脱走の事実がバレていないと判断したルシファーは、左右を見回してから彼女を鎧の裏へ引っ張り込んだ。

「ちょっ……」

「しー」

 狭くて暗い場所に見目麗しい男女が2人密着している。周囲に誤解されそうな状況だった。しかしルシファーは眠ったリリスを抱いている。

「中庭に出たいんだ。兵の目をそらしてくれないか?」

 無駄に整った顔を微笑みで満たしたルシファーは、ベルゼビュートを誑かしにかかった。主従の関係で恋心はなくとも、つい顔が赤くなる。

「わかりましたわ」

 思わず頷いたベルゼビュートは廊下に戻ると、ピンクの巻き毛をふわふわさせながら歩き出す。廊下の先で警備に立つ兵に手を振って微笑んだ。

「ちょっと運んで欲しいものがあるの、手伝ってくださる?」

「はい、ベルゼビュート大公閣下」

 手招きして兵達を廊下の出口から引き離したところで、ルシファーが一気に駆け抜けた。細身だがルシファーの身体能力は異常に高い。疾風のごとく駆けるルシファーに兵が気付いたときは遅かった。中庭に出た彼の姿が消えかかる。

「させません!」

 転移しようとしたルシファーへ、大きな氷が飛んでくる。咄嗟に守りの結界を展開したことで、転移が中断された。

「ちっ、ベールか」

 黒いローブを翻しながらのセリフは格好いいが、脱走の途中なので様にならない。黒衣の腕に抱かれたリリスが騒動で目を覚まし、大きな目で周囲を見回した。

「あばっ、ばあ……わんわっ」

 突然城門方面を指差し、嬉しそうにリリスが叫ぶ。

「わんわ?」

 犬を示す単語に振り返ったルシファーは、そのまま地面に押し倒された。正確には肉球に踏まれて、美貌を土に叩き付けたのだが……。

『お久しぶりです。ルシファー様』

 嬉しそうに尻尾をふりながらも、ベールに命じられた門番をこなしたセーレの息子は、前足でしっかりと魔王を捕らえていた。灰色魔狼フェンリルは大きな尻尾を振りながら、小山のような体重を利用して器用にルシファーを固定する。

「お、おう。久しぶり……離してくれ」

『ベール様の命令なので、無理です』

 即答。きっぱり、すっぱり、取り付くしまもなく断られた。
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