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2章 魔王様のお姫様は悪戯ざかり

25. 使い込んだ優しさの半分

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 魔の森に人族が攻め込んだ話は、予想外に他種族の危機感をあおった。彼らにしてみたら、魔狼達は強いほうの部類に入る。それが領地内に人族の侵攻を許してしまったのであれば、自分達ならば滅ぼされるのでは? そんな噂がまことしやかに広がった。

 それこそ普段なら1年かけて伝わる噂が、1ヶ月で知れ渡るほどに。

「というわけです。陛下、対策を打つ必要があります」

 報告書をきっちりそろえたファイルで提出したアスタロトの進言に、ルシファーは眉をひそめて唸る。その手元に広げられた本は、何かのカタログのようであった。

「陛下、聞いていますか?」

「聞いてるぞ。人族への対策だろう? オレはピンクが可愛いと思うけど、リリスなら水色もいいな。いっそ白という選択肢もある」

 ちゃんと聞いてたとほっとするのもつかの間、何やら後半のセリフがおかしい。受け答えをするだけマシだが、青筋を浮かべたアスタロトが口を開く前に、部屋のドアをノックした者がいた。どうぞと促す前に勢いよく開いたドアの先に、怒り心頭のベールがいる。なぜかルキフェルの手を引いていた。

 抱かれて登場することが多いルキフェルだが、精一杯背伸びしながらベールと手を繋ぎ、よちよち歩く姿は大公の肩書きに似合わぬ可愛さがある。

「失礼しますよ。陛下」

 すたすた歩み寄り、執務机のカタログの上に書類を置いた。ルキフェルは引き摺られるように歩いている。ずっとベールの顔色を窺っているのは、何も言えないのだろう。

「何するんだ! 見えない……っ、ベールさん? どうしたのかなぁ?」

 般若の形相で詰め寄るベールに押され、思わずのけぞったルシファー。カタログの上に置かれた書類に逃避した。報告書の形をとっているが、何かの計算書らしい。

「これは何?」

「陛下の私的流用に関する調査報告書です」

「私的流用? 何を?」

「城の予算ですよ!!」

 バンと手を叩きつけるベールの勢いに飲まれ、アスタロトは壁の花になっていた。ルキフェルが抱っこをせがむと、ようやくベールは5歳児を抱き上げる。1万歳を超えるが、外見はまだまだ幼かった。

 5歳児を抱っこして凄むベールに向かい合う魔王は、珍しくリリスを抱いていない。ちょっと寂しそうに視線を向けたのは、自分の足元だった。執務机の下で、リリスは小さな手で積み木を投げている。

「いたっ」

 脛に当たった積み木の角に、思わず小さな声が漏れる。

「先月の支出額が異常なので調査させました。なんで積み木や子供服の費用が、城の維持費用から捻出されているのですか?」

「……今の城はリリスでもっている。当然だ」

 意味不明の自分理論をかます魔王へ、経理担当であるベルゼビュートの計算書を指差すベールが淡々と言い聞かせた。

「そんな出費のかさむ子は必要ありません」

「なんてこと言うんだっ! 本人の前だぞ!!」

 足元のリリスを抱き上げて抗議する。突然抱かれたリリスははしゃいだ声を出しながら、右手の積み木でルシファーの頭を叩いた。

「きゃ……ルー! ルー!!」

「ちょっと、角は本当に痛いから。やめて」

 赤い三角の屋根に使う予定だった積み木は、世界最強の魔王へ最高の打撃を与えていた。

「……凶暴な赤子ですね」

 呆れ顔のベールをルキフェルの手が叩く。

「だめ、リリスはいもうと」

「はい、ルキフェルは優しいですね」

 幼児に諭されるベールの前で、やっと赤い積み木を取り上げたルシファーは荒い息を整えながら呟いた。

「オレにも……優しさが欲しい……」

「優しいルキフェルに免じて、陛下の個人的な資産から引き落としておきます」

「それは優しさじゃない」

 食い下がるルシファーを置いて、ベールは出て行った。今度はルキフェルをしっかり抱き締めて。ばいばいと手を振るルキフェルに目を輝かせたリリスは、無邪気に手を振り返す。渋るルシファーの代わりに了承したような姿に、アスタロトは隠しもせず笑っていた。
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