上 下
19 / 1,397
1章 魔王様、ただいま育児奮闘中!

16. 一部ほのぼのしてますが、戦闘中です

しおりを挟む
「おう、また勇者が来たらしいぞ?」

「そりゃ楽しみだ」

 訪ねてきて戦う勇者パーティーは、魔族にとって風物詩である。季節のお祭といっても過言ではない状況で、街の住人達は手に弁当を携えて城門へ向かっていた。街の大通りを抜ければ、正面の小山の上に白銀の城が見える。

 勇者パーティーが作り出した火花が周囲を焼きながら、城門前の丘を彩る。各々気に入った場所に陣取り、酒を飲みながらお弁当を食べ始めた。さながら、周囲はお花見のような光景が繰り広げられる。やや遅れて到着した第二陣は、屋台を設置し始めた。

「お? 派手な火花だぞ!」

「今回のパーティーは魔法使いが混じってるんじゃないか?」

「見ごたえありそうだ」

 好き勝手に言い合いながら丘の上で宴会を始める魔族に、城下町ダークプレイスの顔役で、賭けの元締めバアルが交じっていた。彼は大げさに手を広げると、身振り手振りで街の住人に語りかける。

「さあ、皆さん賭けた! 賭けた! 今回は魔王様が勇者を退けるまでの時間だ!!」

「今から2時間!」

「30分だ!」

「前回が短かったからな、8分でどうだ」

 元締めの隣にいる6本の腕を持つ魔族が、賭けの内容を書き取って集金を始める。黒いフードを深く被った女が、そっと金貨を出した。1枚、そして追加で銀貨数枚を足す。

「私は10分」

 そのとき、風が吹いて彼女のフードがふわりと揺れた。中に隠しておいた薄桃色の髪が零れ落ちる。その髪色を見て、賭け台帳に「ベルゼビュート様、金1、銀5」と記録された。割符となる半券を受け取る。

「ベルゼビュート、何をしているのです?」

 後ろにブリザードを背負った男の声に、ピンクの巻き毛の女性は身を竦ませた。恐る恐る振り返る先に、黒い笑顔を浮かべたアスタロトが立っている。ひらひらと手を振って手招きされ、断る術をもたない彼女は項垂れて従った。

「謹慎の意味が理解できないほどバカだとは、嘆かわしい。それでも大公の位にあるのですから、仕事をしてもらいましょうか」

「……はい」

 反論を受け付けないアスタロトの言葉に、ベルゼビュートは心の中で反省した。賭け金証明の割符を胸の谷間に隠しながら、次は配下の者に買いに来させようと決める。

 魔王ルシファーの暴走に頭を抱えていたアスタロトだが、ようやく立ち直ったらしい。集まった観戦希望の住人達を管理するよう言いつけ、魔王の下へ向かった。

 集まる民を守るのも、大公達の仕事だ。魔王は魔王領の国民に『勇者との戦い』という娯楽を提供する義務がある。完全な分業だった。万が一でも民へ魔法があたらぬよう、ベルゼビュートは守り役に徹した。

「陛下、民が集まっておりますゆえ、くれぐれも、ご自重ください」

「わかっている」

 二度言った。今、二度言ったよ。

 アスタロトの厳しさをよく知る魔王とベルゼビュートの顔が引きつる。これを無視したら、しばらくリリスと引き離される危険性もあった。奴ならばやる! 確信めいた恐怖にルシファーは表情を引き締める。

「勇者を騙る若者よ、そろそろ引くがよい」

 何度も練習させられた大仰な物言いを駆使して、ルシファーは勇者へ笑みを向けた。アスタロトに訓練されたとおり、すこし哀れみを混ぜて上から目線になるよう口元の角度を調整する。演技指導した側近は、できばえに満足げな頷きをした。

 今回はなかなか上手に振舞えていますね――左腕に赤ちゃんがいますが。

 あの部分だけほのぼのしているが、今更取り上げようものなら全力で抵抗されるだろう。仕方ない、今回の勇者一行は全滅してもらえば、人族に話が漏れる心配もないでしょう。

 物騒なことを考えながら、アスタロトは魔王の一挙一動を見守った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

処理中です...