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30.丸まった姿勢を正す *** SIDEアシル
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ルフォルの貴族に連れて来られたのは、国境も近い国の端だった。辺境伯の分家である男爵家が治める狭い土地だ。痩せた土地を開墾する民と共に、狭い物置へ放り込まれた。
逃げ出そうにも、助けの手はない。馬もなければ、剣や水袋さえ。これでは王都まで戻るのは不可能だった。着ていた服は奪われ、代わりに粗末な布を渡される。見よう見まねで巻きつけて紐で縛った。
早朝から叩き起こされ、まずは畑を耕す。日差しが強くなる時間帯は睡眠や食事を摂り、日が暮れる前から再び畑に出た。草抜きも鍬を振るう作業も、初めて経験する。両手の皮が剥けて、血だらけになった。
「ああ、あんた……農民じゃなかったんかぁ」
「道理で、下手くそなはずじゃ」
寄ってきた連中は、聞き取りづらい言葉で貶した。見たこともない草をすり潰し、傷に無理やりねじ込む。痛みに騒いでも押さえつけて、布で縛り付けられた。
「解いたらあかんぞ」
脅すように言われ、こくこくと頷く。国王として国の頂点に立つ勉強はした。だが戦えず、歴史の知識は役だたず、礼儀作法も必要ない。この状況において、役に立つのは丈夫な体と経験なのに、両方とも持ち合わせなかった。
水が合わないのか、体調は常に悪い。連中は暑い最中にお湯を差し出した。冷たい水が欲しいのにと眉を寄せるが、押さえつけてでも流し込む。眠る床の硬さに全身が痛んで、何度も寝返りを打った。邪魔なのか、ついに網で吊るされる。
最低な生活を繰り返し、ふと気づいた。いつの間にか、ごく当たり前に過ごしている。体調不良はなくなり、心なしか体力も付いた。
日常の繰り返しに慣れて、さほど辛いと感じなくなった頃。投げ込まれた小汚い若者の面倒を見るよう言われ、仕方なく寝床へ連れて行った。
「父、上?」
嗄れた声に聞き覚えはないが、その表現は貴族か? じっくり顔を見て、黒く煤けた頬を貴重な水で拭う。
「……ジョルジュ」
わっと泣き出した息子は、ひょろりと細くて頼りない。農業で鍛えた俺の方が、よほど若々しい肉体を保っていた。話を聞けば、似たような環境に放り込まれ、仕事を拒否して逃げ回ったらしい。
見守っていた農民が近づき、小さな干し肉を差し出した。貴重な肉に驚いた俺に「息子さんに食わしてやんな」と歯の足りない間抜けな笑顔を向ける。礼を言って受け取るが、ジョルジュは硬いから嫌だと断った。
人からの親切を受け取ることもできない。相手の厚意を仇で返す振る舞いに腹が立つ。そこでようやく気づいた。王族である地位に胡座をかき、民を虐げたのは誰だ?
剥けた手の皮に薬草を刷り込み、冷たい水で腹を壊す俺に白湯を与えた。水分を摂らねば倒れるからだ。全身が痛くて眠れないのを気の毒がり、網で眠る方法を教えてくれた。すべて、農民が蓄えた知恵と経験だ。
彼らの生活が成り立つように援助し、豊かな生活を与えてやること。それが王の勤めだった。勢力争いや妻の一族への冷遇ではなく、目を向ける先が間違っていた。
死んだと思った息子は、不満を口にしながらゴロゴロと床に懐いている。情けないと思うより、申し訳ないと感じた。子は親の背を見て育つもの、ならば俺の背が丸まっていたのだ。
このバカ息子をきっちり育て直し、ここにいる皆に誇れる生き方をしよう。愚かなアシル王はもういない。農民として大地に根付いて生き、足掻いて死んでいく。それでいいじゃないか。吹っ切れた俺の口元に、心からの笑みが浮かんだ。
まずはバカ息子の矯正から、だな。
逃げ出そうにも、助けの手はない。馬もなければ、剣や水袋さえ。これでは王都まで戻るのは不可能だった。着ていた服は奪われ、代わりに粗末な布を渡される。見よう見まねで巻きつけて紐で縛った。
早朝から叩き起こされ、まずは畑を耕す。日差しが強くなる時間帯は睡眠や食事を摂り、日が暮れる前から再び畑に出た。草抜きも鍬を振るう作業も、初めて経験する。両手の皮が剥けて、血だらけになった。
「ああ、あんた……農民じゃなかったんかぁ」
「道理で、下手くそなはずじゃ」
寄ってきた連中は、聞き取りづらい言葉で貶した。見たこともない草をすり潰し、傷に無理やりねじ込む。痛みに騒いでも押さえつけて、布で縛り付けられた。
「解いたらあかんぞ」
脅すように言われ、こくこくと頷く。国王として国の頂点に立つ勉強はした。だが戦えず、歴史の知識は役だたず、礼儀作法も必要ない。この状況において、役に立つのは丈夫な体と経験なのに、両方とも持ち合わせなかった。
水が合わないのか、体調は常に悪い。連中は暑い最中にお湯を差し出した。冷たい水が欲しいのにと眉を寄せるが、押さえつけてでも流し込む。眠る床の硬さに全身が痛んで、何度も寝返りを打った。邪魔なのか、ついに網で吊るされる。
最低な生活を繰り返し、ふと気づいた。いつの間にか、ごく当たり前に過ごしている。体調不良はなくなり、心なしか体力も付いた。
日常の繰り返しに慣れて、さほど辛いと感じなくなった頃。投げ込まれた小汚い若者の面倒を見るよう言われ、仕方なく寝床へ連れて行った。
「父、上?」
嗄れた声に聞き覚えはないが、その表現は貴族か? じっくり顔を見て、黒く煤けた頬を貴重な水で拭う。
「……ジョルジュ」
わっと泣き出した息子は、ひょろりと細くて頼りない。農業で鍛えた俺の方が、よほど若々しい肉体を保っていた。話を聞けば、似たような環境に放り込まれ、仕事を拒否して逃げ回ったらしい。
見守っていた農民が近づき、小さな干し肉を差し出した。貴重な肉に驚いた俺に「息子さんに食わしてやんな」と歯の足りない間抜けな笑顔を向ける。礼を言って受け取るが、ジョルジュは硬いから嫌だと断った。
人からの親切を受け取ることもできない。相手の厚意を仇で返す振る舞いに腹が立つ。そこでようやく気づいた。王族である地位に胡座をかき、民を虐げたのは誰だ?
剥けた手の皮に薬草を刷り込み、冷たい水で腹を壊す俺に白湯を与えた。水分を摂らねば倒れるからだ。全身が痛くて眠れないのを気の毒がり、網で眠る方法を教えてくれた。すべて、農民が蓄えた知恵と経験だ。
彼らの生活が成り立つように援助し、豊かな生活を与えてやること。それが王の勤めだった。勢力争いや妻の一族への冷遇ではなく、目を向ける先が間違っていた。
死んだと思った息子は、不満を口にしながらゴロゴロと床に懐いている。情けないと思うより、申し訳ないと感じた。子は親の背を見て育つもの、ならば俺の背が丸まっていたのだ。
このバカ息子をきっちり育て直し、ここにいる皆に誇れる生き方をしよう。愚かなアシル王はもういない。農民として大地に根付いて生き、足掻いて死んでいく。それでいいじゃないか。吹っ切れた俺の口元に、心からの笑みが浮かんだ。
まずはバカ息子の矯正から、だな。
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