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25.まるで知らない女のようだ ***SIDE国王
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王宮の生活水準が下がった。最初に変化が現れたのは、護衛の数だ。騎士も兵士もごそっと消えて、半分以下となった。聞けば、ほとんどがルフォルから派遣されていたらしい。
国防に関する大事な部分に、奴らを重用した宰相をクビにした。慌てるかと思えば、嬉しそうな顔で出ていく。その足取りの軽いことが、なんとも腹立たしい。すぐに別の貴族を呼んで宰相の地位と仕事を振り分けた。あとで泣いて詫びても許さんからな。
次に気づいたのは、料理の質だった。料理長を含めた厨房の者のほとんどが、退職したという。さらに侍従や侍女も然り。がらんとした王宮は、まるで朽ち果てる廃墟のようだ。埃があちらこちらで塊となり、ガラス窓は数日で曇っていく。
商人を呼びつければ、支払いの保証をしろと言う。過去に支払い遅れはないと反論したら、王妃が立て替えていたと教えられた。王妃がいないなら、信用はないと。
腹立たしいので、御用商人をクビにした。王宮は国の中心だ。ヴァレス聖王国の王である俺に逆らう者など必要なかった。気づけば、シーツの交換すら遅れ、徐々に王宮が見窄らしくなっていく。
「王妃様を呼び戻してはいかがか」
新しい宰相の提案に渋るも、それしか手段を思いつかない。ルフォルの無礼な輩も、セレスティーヌがいれば大人しく従うだろう。彼女がいれば支払いの心配も無用だ。考えてみたら、よい案ではないか。
セレスティーヌを呼び戻せば、生活は元に戻る。生意気なルフォルの始末は、その後でゆっくり検討するとしよう。ちょうど、ル・フォール大公家でパーティーがあると聞き、急いで馬車を向かわせた。
汚れていない数少ない服を身につけ、馬車を走らせる。なぜか入り口で止められ、騎士が門番と口論となった。夫が来たのに出迎えもしない女に腹を立てながら、ようやく通されたことに溜め息を吐く。手違いでも無礼は無礼、後できつく……。
白と金で地味な会場の広場は、見慣れぬ衣装の貴族がさざめいている。顔を知る貴族なのに、異国の夜会に紛れ込んだような違和感を覚えた。
「姫様だ」
ざわりと人々が揺れ、入場した二人に視線が向けられる。釣られて目で追った先、美しい女がいた。体に沿うドレスではないのに、豊かな胸元に目を奪われる。淡いピンクの衣に、紫の帯……宝飾品は驚くほど大きく豪華だった。
「なんて……お美しい」
近くの女性の声に我に返った。あれは王妃ではないか! 隣の男は誰だ? 鍛えた体と凛々しい顔立ちだが、見覚えはなかった。貴族ではない男と腕を組み、微笑んでいる? 腹立たしさに周囲を押し除け、前に出ようとした。
「何を、する……っ」
だが、数名の男達に捕まった。投げるように宙を舞い転がったところを、上から体重を掛けて押さえ込まれる。無礼だと叫ぼうとするが、息が上手く吸えない。苦しくて暴れる俺の目の前に、銀の靴が足を止めた。
「あら、元国王陛下ではございませんの。いえ、まだ国はありましたわね」
見下ろす彼女は、女神のようにその場に君臨していた。まるで知らない女のように……その美しさも気高さも、俺の手が届かない存在だと突きつけるように。
国防に関する大事な部分に、奴らを重用した宰相をクビにした。慌てるかと思えば、嬉しそうな顔で出ていく。その足取りの軽いことが、なんとも腹立たしい。すぐに別の貴族を呼んで宰相の地位と仕事を振り分けた。あとで泣いて詫びても許さんからな。
次に気づいたのは、料理の質だった。料理長を含めた厨房の者のほとんどが、退職したという。さらに侍従や侍女も然り。がらんとした王宮は、まるで朽ち果てる廃墟のようだ。埃があちらこちらで塊となり、ガラス窓は数日で曇っていく。
商人を呼びつければ、支払いの保証をしろと言う。過去に支払い遅れはないと反論したら、王妃が立て替えていたと教えられた。王妃がいないなら、信用はないと。
腹立たしいので、御用商人をクビにした。王宮は国の中心だ。ヴァレス聖王国の王である俺に逆らう者など必要なかった。気づけば、シーツの交換すら遅れ、徐々に王宮が見窄らしくなっていく。
「王妃様を呼び戻してはいかがか」
新しい宰相の提案に渋るも、それしか手段を思いつかない。ルフォルの無礼な輩も、セレスティーヌがいれば大人しく従うだろう。彼女がいれば支払いの心配も無用だ。考えてみたら、よい案ではないか。
セレスティーヌを呼び戻せば、生活は元に戻る。生意気なルフォルの始末は、その後でゆっくり検討するとしよう。ちょうど、ル・フォール大公家でパーティーがあると聞き、急いで馬車を向かわせた。
汚れていない数少ない服を身につけ、馬車を走らせる。なぜか入り口で止められ、騎士が門番と口論となった。夫が来たのに出迎えもしない女に腹を立てながら、ようやく通されたことに溜め息を吐く。手違いでも無礼は無礼、後できつく……。
白と金で地味な会場の広場は、見慣れぬ衣装の貴族がさざめいている。顔を知る貴族なのに、異国の夜会に紛れ込んだような違和感を覚えた。
「姫様だ」
ざわりと人々が揺れ、入場した二人に視線が向けられる。釣られて目で追った先、美しい女がいた。体に沿うドレスではないのに、豊かな胸元に目を奪われる。淡いピンクの衣に、紫の帯……宝飾品は驚くほど大きく豪華だった。
「なんて……お美しい」
近くの女性の声に我に返った。あれは王妃ではないか! 隣の男は誰だ? 鍛えた体と凛々しい顔立ちだが、見覚えはなかった。貴族ではない男と腕を組み、微笑んでいる? 腹立たしさに周囲を押し除け、前に出ようとした。
「何を、する……っ」
だが、数名の男達に捕まった。投げるように宙を舞い転がったところを、上から体重を掛けて押さえ込まれる。無礼だと叫ぼうとするが、息が上手く吸えない。苦しくて暴れる俺の目の前に、銀の靴が足を止めた。
「あら、元国王陛下ではございませんの。いえ、まだ国はありましたわね」
見下ろす彼女は、女神のようにその場に君臨していた。まるで知らない女のように……その美しさも気高さも、俺の手が届かない存在だと突きつけるように。
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