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32.堕落した生活も悪くない

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 翌朝……なのか分からないが。目が覚めるとスッキリしていた。あの不思議な発熱も怠さもすべて消えている。嘘のようだった。

「治った」

「原因がわからぬうちは大人しくしておれ」

 ぎゅっと抱き締める腕は緩まない。触れる肌の感触に、昨夜の醜態を思い出した。なんか不安に駆られて、妙なことを口走ってないか? 自分から抱きつくとか、何を考えてたんだ。

「いかがした?」

 気にしてない様子のアザゼルに、俺も忘れることにした。あれは熱に浮かされた一時の気の迷いだ。そうに違いない。異世界で体調を崩して、不安で揺らいだだけ。別にアザゼルに絆されたんじゃない。ここで自己暗示完了。よし、俺は大丈夫だ。

「何でもない。食事はどうするんだ?」

「食べられるなら用意させる」

 本当に用意されるからびっくりだよな。連絡してる様子もないのに、あっという間に準備が出来た料理が取り寄せられた。俺が体調悪いせいか、柔らかめのメニューだった。スクランブルエッグっぽいのと、煮込んだシチュー、それからリゾットに見える何か。

「どうした、ハヤト」

 当たり前のように用意されるカトラリーは一つで、椅子も同様。腰掛けたアザゼルが両手を広げて待っている。俺は飛び込んで大人しく膝に座り、口を開けるだけの簡単なお仕事だった。拒否したら空腹を我慢することになるので、ここは逆らわない。食欲は優先だ。

「あふっ……」

 シチューが思ったより熱くて焦る。途端に顔色を変えたアザゼルがスプーンを放り出し、俺の後頭部に腕を回した。何を? と思うより早く、口を塞がれる。

「ふっ、う゛ぅ!!」

 何しやがると叫んでも言葉は飲み込まれ、舌を吸われて舐められ、動く気力がなくなるまで貪られた。全身から力が抜けて、くにゃりと柔らかくなった俺を抱きとめ、満足そうに唇が離れる。赤く色づいた唇と俺の間に唾液が伝う。

「なに、いきなり……」

「痛みは消えたか」

 言われて、火傷がないことに気付く。痛くないし、ひりひりしない。有難いんだが、素直に感謝できなかった。どうして事前に言わない。それとキス以外の方法でも治せるくせに。

「あ、りがと」

 それでも何かしてもらったら礼が口をつく。これはもう両親の教育の賜物だから、諦めた。

「構わん」

 そりゃ、そっちはそうでしょうよ。ムッとした俺は残っている料理の前で口を開く。新しいスプーンを取り出したアザゼルの給餌行為を受け入れ、シチューやリゾットもどきを交互に食べた。今日の朝食に果物や生野菜がないのは、体調不良だったせいか? 別に腹を壊したわけじゃないから、関係ないと思うが。

「少し外すが、大人しく待っていろ」

「はいはい。どうせ出られないし、お好きにどうぞ」

「拗ねるでない」

 アザゼルが消えた後、ぐったりと横たわるベッドで悪態をついた。黒いシーツの上で、息が止まるかと思うほど口付けられた。お陰で、ちょっと息子が反応したじゃないか! 気づいてるくせに、にやりと笑って姿を消して。あの根性悪め! ぶつぶつ文句を言いながら、シーツの中に潜り込む。

 そういや食べて寝て、そればかりじゃ太るな。たまには運動もしないと。それに日差しを浴びないと骨が脆くなるはず。あれこれ考えながら、いつの間にか目を閉じていた。
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