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121.それぞれの未来へ向けて(最終話)
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有能な執政官となったイネスが顔を出す。名目は一応「監査」だった。数日前に連絡があり、兄カリストは寝不足の隈を作った顔で出迎える。
「何か隠しました?」
「いいや……」
隠す必要なんてないと言いながら、徹夜で何をしておられたのかしら。ふふっと笑う私に、イネスも笑顔を見せた。不正隠しではなく、乱れた覚え書きを清書していたのでしょう? 知っていると告げてお兄様を擁護する。夫と共に子ども達が飛び出し、クラウディオは初恋のイネスにべったりだ。
監査する書類を見ている間も、食事の時も、隣に陣取って離れない。イネスは年の離れた弟が出来た様な感覚で、可愛くて仕方ないと笑っていた。
お祖父様に鍛えられるお父様の稽古の音が響く庭で、伯母様から届いた手紙を広げる。近々、王太子夫妻に仕事を押し付けて遊びに行く。そんな文面に慌てて日付を確認した。前回もそうだけれど、突然到着されるので手配が忙しい。今回はまだ余裕があった。
きっと王配のフェルナン卿が進言してくれたのだろう。ほっとしながら、サーラに予定を伝えた。三日後に到着は早いと思うけれど、前回のように明日着くの連絡よりマシだ。同じように思ったのか、サーラもくすっと笑みを漏らした。
「前回は大変でした」
「ええ、屋敷の皆に三日後……念のために一日早く準備するよう伝えて」
早駆けしたら、予定より早く到着したと言いそうだもの。慌てて伝えに行く侍女長のサーラを見送り、手紙に添えられた報告書に目を通した。すでに兄カリストは目を通しているはずだ。
書かれていたのは、罪人たちのその後だった。顔を焼かれたフリアンとヴェルディナは、離島の採掘場に送られた。側近だった三人も同様だ。採掘場では金が採れる。そのため罪人や犯罪奴隷が働かされる場となっていた。賃金を賠償金に当てるためである。彼らもそれに倣った形だった。逃げ出すことも出来ず、黙々と働いているらしい。
両手首を切り落とされたカサンドラは、ライサネン王国へ引き取られる。元嫁ぎ先だが、罪人としての刑罰が終わっていないのが理由だ。国家転覆を試みた罪人を引き渡すことで、国交断絶が解消されている。再び砂漠へ放り出されたカサンドラは、商隊に死体となって発見された。
元国王オレガリオのその後も記されている。彼はお祖父様の緩衝材としてロベルディへ送られたが、受取人不在で送り返された。往路は荷馬車で、復路は徒歩だったようだ。途中で力尽きて倒れ、そのまま引きずられて死亡と締め括られていた。一国の王であった人とは思えない最期だ。それでも同情はなかった。
淡々と読み終えた後、添えられた別の便箋に気づく。元王妃カロリナ様からのお手紙だった。公爵家を興した彼女は、パストラ様が結婚するのを機に代替わりする。最後に筆跡の違うパストラ様の一文が添えられていた。
結婚式にご招待してもいいでしょうか。素敵だわ、すぐに返事をしなくては。夫と腕を組み、お兄様とも手を繋いで、三人で参加出来たら最高ね。ロベルディ側から、親族席にお祖父様や伯母様の参列もお願いしてみましょう。
お父様達がぞろぞろと戻ってくる。お祖父様が腰を痛めたので、訓練はこれで終わりらしい。お年を考えずに無理をなさるからよ。そう叱った私に、お祖父様は眉尻を下げる。
「ここにいたのか、伯母上の手紙は読んだか?」
お兄様と並んで、夫が娘を抱いて現れた。二人とも執務を一段落させたのね。財務、運営、公共事業、交易……様々に分類される執務は多岐にわたる。分業した方が効率が良いのだ。
「ええ、読みましたわ。お茶にするならイネスも呼びましょう」
侍女が走っていく。まだ若い彼女もサーラの指導でかなり洗練されたと思ったけれど、まだまだ元気いっぱいの村娘ね。くすっと笑った。
「おかぁしゃま」
幼い呼び方でルーチェが手を伸ばす。夫の腕の中にいる娘は、じたばたと手足をせわしなく動かした。まだ二歳になったばかりなのに、お転婆だこと。何よりも元気なのはいいことだわ。立ち上がって、ルーチェを受け取る。座って膝の上に下ろせば、満足そうに首へ手を回して抱き着いた。
「おじしゃまがこっち」
兄を隣に座らせ、満足そうだ。
「お父様はどうしたらいい?」
夫が尋ねると、少し考えて私の左側を指差した。
「ここ」
「ルーチェらしいな」
笑うクラウディオが芝の上に寝転がる。お父様やお祖父様も一緒に座り込んだ。
「ここの領主家の皆様は自由ですこと」
呼ばれて到着したイネスが最後だ。全員揃ってお茶を飲み始めた。いつも通りのハーブティに、檸檬の輪切りを浮かべる。途端に、ざわっと周囲の注目が集まった。
「まさか……三人目か?」
頬を染める私に兄は嬉しそうな顔で「おめでとう」をくれた。新しい家族が増えて、もっと賑やかになるわね。そう思った矢先、先触れの馬が来たと騒ぎが起きる。伯母様の到着は明日になりそう? あらやだ、お茶を飲んでいる場合ではないわ。
大急ぎで全員が動き出した。そんな中、私だけはゆっくりと足元に気を付けて歩く。この幸せを壊さないように。
終わり
*********************
本編完結です。この部分はなくてもいいかな? と考えましたが、付け足しました。実はメリバ?バージョンもあったんですよ。書いたんですが掲載するのに躊躇われ、結局お蔵入りです_( _*´ ꒳ `*)_仕方ない。いつか公開するかもしれません。捨てられなかったので。
リクエストを頂いた他視点は、これから数日掛けてUPしていきます。お楽しみに! ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。また別作品でお会い出来ますように(人´・ω・`o)
「何か隠しました?」
「いいや……」
隠す必要なんてないと言いながら、徹夜で何をしておられたのかしら。ふふっと笑う私に、イネスも笑顔を見せた。不正隠しではなく、乱れた覚え書きを清書していたのでしょう? 知っていると告げてお兄様を擁護する。夫と共に子ども達が飛び出し、クラウディオは初恋のイネスにべったりだ。
監査する書類を見ている間も、食事の時も、隣に陣取って離れない。イネスは年の離れた弟が出来た様な感覚で、可愛くて仕方ないと笑っていた。
お祖父様に鍛えられるお父様の稽古の音が響く庭で、伯母様から届いた手紙を広げる。近々、王太子夫妻に仕事を押し付けて遊びに行く。そんな文面に慌てて日付を確認した。前回もそうだけれど、突然到着されるので手配が忙しい。今回はまだ余裕があった。
きっと王配のフェルナン卿が進言してくれたのだろう。ほっとしながら、サーラに予定を伝えた。三日後に到着は早いと思うけれど、前回のように明日着くの連絡よりマシだ。同じように思ったのか、サーラもくすっと笑みを漏らした。
「前回は大変でした」
「ええ、屋敷の皆に三日後……念のために一日早く準備するよう伝えて」
早駆けしたら、予定より早く到着したと言いそうだもの。慌てて伝えに行く侍女長のサーラを見送り、手紙に添えられた報告書に目を通した。すでに兄カリストは目を通しているはずだ。
書かれていたのは、罪人たちのその後だった。顔を焼かれたフリアンとヴェルディナは、離島の採掘場に送られた。側近だった三人も同様だ。採掘場では金が採れる。そのため罪人や犯罪奴隷が働かされる場となっていた。賃金を賠償金に当てるためである。彼らもそれに倣った形だった。逃げ出すことも出来ず、黙々と働いているらしい。
両手首を切り落とされたカサンドラは、ライサネン王国へ引き取られる。元嫁ぎ先だが、罪人としての刑罰が終わっていないのが理由だ。国家転覆を試みた罪人を引き渡すことで、国交断絶が解消されている。再び砂漠へ放り出されたカサンドラは、商隊に死体となって発見された。
元国王オレガリオのその後も記されている。彼はお祖父様の緩衝材としてロベルディへ送られたが、受取人不在で送り返された。往路は荷馬車で、復路は徒歩だったようだ。途中で力尽きて倒れ、そのまま引きずられて死亡と締め括られていた。一国の王であった人とは思えない最期だ。それでも同情はなかった。
淡々と読み終えた後、添えられた別の便箋に気づく。元王妃カロリナ様からのお手紙だった。公爵家を興した彼女は、パストラ様が結婚するのを機に代替わりする。最後に筆跡の違うパストラ様の一文が添えられていた。
結婚式にご招待してもいいでしょうか。素敵だわ、すぐに返事をしなくては。夫と腕を組み、お兄様とも手を繋いで、三人で参加出来たら最高ね。ロベルディ側から、親族席にお祖父様や伯母様の参列もお願いしてみましょう。
お父様達がぞろぞろと戻ってくる。お祖父様が腰を痛めたので、訓練はこれで終わりらしい。お年を考えずに無理をなさるからよ。そう叱った私に、お祖父様は眉尻を下げる。
「ここにいたのか、伯母上の手紙は読んだか?」
お兄様と並んで、夫が娘を抱いて現れた。二人とも執務を一段落させたのね。財務、運営、公共事業、交易……様々に分類される執務は多岐にわたる。分業した方が効率が良いのだ。
「ええ、読みましたわ。お茶にするならイネスも呼びましょう」
侍女が走っていく。まだ若い彼女もサーラの指導でかなり洗練されたと思ったけれど、まだまだ元気いっぱいの村娘ね。くすっと笑った。
「おかぁしゃま」
幼い呼び方でルーチェが手を伸ばす。夫の腕の中にいる娘は、じたばたと手足をせわしなく動かした。まだ二歳になったばかりなのに、お転婆だこと。何よりも元気なのはいいことだわ。立ち上がって、ルーチェを受け取る。座って膝の上に下ろせば、満足そうに首へ手を回して抱き着いた。
「おじしゃまがこっち」
兄を隣に座らせ、満足そうだ。
「お父様はどうしたらいい?」
夫が尋ねると、少し考えて私の左側を指差した。
「ここ」
「ルーチェらしいな」
笑うクラウディオが芝の上に寝転がる。お父様やお祖父様も一緒に座り込んだ。
「ここの領主家の皆様は自由ですこと」
呼ばれて到着したイネスが最後だ。全員揃ってお茶を飲み始めた。いつも通りのハーブティに、檸檬の輪切りを浮かべる。途端に、ざわっと周囲の注目が集まった。
「まさか……三人目か?」
頬を染める私に兄は嬉しそうな顔で「おめでとう」をくれた。新しい家族が増えて、もっと賑やかになるわね。そう思った矢先、先触れの馬が来たと騒ぎが起きる。伯母様の到着は明日になりそう? あらやだ、お茶を飲んでいる場合ではないわ。
大急ぎで全員が動き出した。そんな中、私だけはゆっくりと足元に気を付けて歩く。この幸せを壊さないように。
終わり
*********************
本編完結です。この部分はなくてもいいかな? と考えましたが、付け足しました。実はメリバ?バージョンもあったんですよ。書いたんですが掲載するのに躊躇われ、結局お蔵入りです_( _*´ ꒳ `*)_仕方ない。いつか公開するかもしれません。捨てられなかったので。
リクエストを頂いた他視点は、これから数日掛けてUPしていきます。お楽しみに! ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。また別作品でお会い出来ますように(人´・ω・`o)
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