119 / 137
119.これが私の決断です
しおりを挟む
「私はお兄様とは結婚いたしません」
家族が揃う食堂で、食後のハーブティを前に私は切り出した。
「……それがリチェの結論だね?」
「はい」
反射的に謝ろうとして、唇を引き結んだ。謝るのは間違っている。私は自分の決意を伝えた。気持ちに応える気がないなら、謝罪は無用な誤解を生む。だから肯定だけした。ぐっと堪えるように唇を噛み、拳を握ったお兄様は震える息を吐き出した。
「分かりたくないけれど、分かった」
感情は承諾していないが、理性で抑えつける。答えるお兄様の声も震えていた。私への異常ともいえる執着が愛情なら、どれほど辛い言葉か。それでも私は顔をあげて未来へ進むために選んだ。記憶はまだほとんどないし、何が正しいのか分からないけれど。
「誰か好きな人はおらんのか」
「これからですわ」
お祖父様は「ひ孫はだいぶ先じゃのぉ」と残念そうに呟いた。私の中にひとつ計画がある。黙って聞いているお父様に向き合い、提案した。
「お兄様をサポートにください。私がこのフロレンティーノ公爵家を継ぎます」
驚いた祖父や父に尋ねられ、説明を始める。お兄様は無言だった。
フェリノス国は事実上の属国となった。ならば支配者であるロベルディ王家の血を引くフロレンティーノ公爵家は、今後も筆頭公爵家として国を率いる立場にある。私や兄の我が侭で血を絶やすことは避けたかった。でも兄と結婚は出来ない。
過去の私なら、カリストお兄様との結婚を承諾しただろう。自分の意思を押し殺し、家や国のために尽くすことが淑女の生き方だと思っていたから。人形のように従ったはず。でも今の私は真逆だった。家のために犠牲になるくらいなら、逃げる道を選ぶ。
私と結婚できない兄カリストが、今さら妻を娶る可能性は低かった。私はこの先、誰かと結婚すると思う。まだ恋愛ではないが、気になる人はいた。子どもに跡を継がせるなら、当主の子である方が問題は起きない。けれど女当主はまだ珍しく、ロベルディの女王クラリーチェ陛下に倣うとしても立場が不安定だ。
ならば、外向きの対応を兄に任せたい。領地経営は私も勉強してきたので、徐々に父から引き継ぐことが可能だった。兄も私も半人前なのなら、二人で力を合わせるのはどうか。もちろん、お兄様が嫌ならこの話は諦める。そう付け足した。
「リチェが決めたのなら、僕は従う」
まだ声は震えていたが、お兄様はきっちり意思表明した。となれば、反対する可能性があるのはお父様だけ。うーんと唸って考え込んだお父様は、顔をあげて私とカリストお兄様を交互に見た。
「カリスト。もしアリーチェが夫を選んだ時、お前は喜んで受け入れることができるか?」
「……リチェがいなくなるくらいなら受け入れる。ただし泣かせたら奪う」
そのためにも近くにいる。宣言した兄に、お父様は額を押さえて唸った。厄介で困難な道を選んだことは承知している。ここまで中途半端ながら記憶を取り戻し、過去になされた私への加害を理解して裁いた。このことは私の自我を目覚めさせたのだ。
クラリーチェ様のように生きることは無理だろう。あの方は特別な人だ。それでも憧れて後を追うことは出来る。全力で手を伸ばし、いつか太陽を掴みたいと願う幼子のように。この願いは純粋で強かった。
アリーチェ・フロレンティーノとして生き、死の間際に後悔しないため――私は利己的な我が侭を選んだ。
家族が揃う食堂で、食後のハーブティを前に私は切り出した。
「……それがリチェの結論だね?」
「はい」
反射的に謝ろうとして、唇を引き結んだ。謝るのは間違っている。私は自分の決意を伝えた。気持ちに応える気がないなら、謝罪は無用な誤解を生む。だから肯定だけした。ぐっと堪えるように唇を噛み、拳を握ったお兄様は震える息を吐き出した。
「分かりたくないけれど、分かった」
感情は承諾していないが、理性で抑えつける。答えるお兄様の声も震えていた。私への異常ともいえる執着が愛情なら、どれほど辛い言葉か。それでも私は顔をあげて未来へ進むために選んだ。記憶はまだほとんどないし、何が正しいのか分からないけれど。
「誰か好きな人はおらんのか」
「これからですわ」
お祖父様は「ひ孫はだいぶ先じゃのぉ」と残念そうに呟いた。私の中にひとつ計画がある。黙って聞いているお父様に向き合い、提案した。
「お兄様をサポートにください。私がこのフロレンティーノ公爵家を継ぎます」
驚いた祖父や父に尋ねられ、説明を始める。お兄様は無言だった。
フェリノス国は事実上の属国となった。ならば支配者であるロベルディ王家の血を引くフロレンティーノ公爵家は、今後も筆頭公爵家として国を率いる立場にある。私や兄の我が侭で血を絶やすことは避けたかった。でも兄と結婚は出来ない。
過去の私なら、カリストお兄様との結婚を承諾しただろう。自分の意思を押し殺し、家や国のために尽くすことが淑女の生き方だと思っていたから。人形のように従ったはず。でも今の私は真逆だった。家のために犠牲になるくらいなら、逃げる道を選ぶ。
私と結婚できない兄カリストが、今さら妻を娶る可能性は低かった。私はこの先、誰かと結婚すると思う。まだ恋愛ではないが、気になる人はいた。子どもに跡を継がせるなら、当主の子である方が問題は起きない。けれど女当主はまだ珍しく、ロベルディの女王クラリーチェ陛下に倣うとしても立場が不安定だ。
ならば、外向きの対応を兄に任せたい。領地経営は私も勉強してきたので、徐々に父から引き継ぐことが可能だった。兄も私も半人前なのなら、二人で力を合わせるのはどうか。もちろん、お兄様が嫌ならこの話は諦める。そう付け足した。
「リチェが決めたのなら、僕は従う」
まだ声は震えていたが、お兄様はきっちり意思表明した。となれば、反対する可能性があるのはお父様だけ。うーんと唸って考え込んだお父様は、顔をあげて私とカリストお兄様を交互に見た。
「カリスト。もしアリーチェが夫を選んだ時、お前は喜んで受け入れることができるか?」
「……リチェがいなくなるくらいなら受け入れる。ただし泣かせたら奪う」
そのためにも近くにいる。宣言した兄に、お父様は額を押さえて唸った。厄介で困難な道を選んだことは承知している。ここまで中途半端ながら記憶を取り戻し、過去になされた私への加害を理解して裁いた。このことは私の自我を目覚めさせたのだ。
クラリーチェ様のように生きることは無理だろう。あの方は特別な人だ。それでも憧れて後を追うことは出来る。全力で手を伸ばし、いつか太陽を掴みたいと願う幼子のように。この願いは純粋で強かった。
アリーチェ・フロレンティーノとして生き、死の間際に後悔しないため――私は利己的な我が侭を選んだ。
87
お気に入りに追加
2,566
あなたにおすすめの小説
前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?
柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。
理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。
「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。
だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。
ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。
マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
けれど、それには思いも寄らない理由があって……?
信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
悪役令嬢の残した毒が回る時
水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。
処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。
彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。
エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。
※設定は緩いです。物語として見て下さい
※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意
(血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです)
※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい
*HOTランキング4位(2021.9.13)
読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる