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113.乗馬はできたけれど、大騒ぎ

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 揺れる馬上でお祖父様の背中を眺める。意外にも体は覚えていた。フロレンティーノ公爵家の騎士の愛馬を借りる。大人しく優しい牝馬と聞き、大きな瞳の鼻先を撫でた。

 受け入れられたのを確認し、騎士の手を借りて跨る。いつもの姿なら、スカートの裾が捲れるところだ。踵の高い靴を置いてきたのが、ここで幸いした。乗馬用ではないが、駆け足程度なら問題ない。

 乗馬服を要求したところ、さすがに王宮へ持ってきていなかった。仕方なくお兄様の服を借りる。裾を捲り、袖をリボンで縛り……多少不恰好な準備をした。

 栗毛に白い流星が入った牝馬は、てくてくと前の馬を追いかける。お祖父様はご自身の愛馬だが、見事な黒毛だった。艶のある黒い尻尾を揺らしながら、ご機嫌で歩いていく。後ろに続く私は、手綱をしっかり握っていた。

 大人しく優しい馬であっても、何かに驚けば興奮して暴走することがある。乗り慣れない借りた馬なら尚更。注意してし過ぎることはなかった。上下に揺れる動きに合わせ、馬の負担を減らす。振り返ったり鬱陶しそうな仕草はないので、安心して馬に任せた。

 少しすると森に入っていく。王宮を囲む森は、扇のように広がっていた。地図で行き先は確認している。後ろに騎士が四人ほど随行した。

「この先に水場がありそうじゃな」

 頭の中に地図を浮かべる。確かに小川が流れていた。そう思って耳を澄ませば、水音がかすかに聞こえる。

「小川があります」

「ならば、そこまで駆けるか」

 言うが早いか、お祖父様が合図を送った。黒馬の速さが二倍以上になり、見失いそうだ。後ろの騎士が二手に分かれ、二人が鞭を入れて追いかけた。見送ってしまい、速度を上げるべきか迷う。

「どうしましょう」

「無理のない範囲になさってください」

 服も馬も借り物だ。無事に帰って返さなくてはならない。騎士の言葉に頷き、少しだけ速度を上げた。小川の音が大きくなる。後少し、意識が小川の音に逸れた。それがいけなかったのか、飛び出した兎に馬が驚く。

 いきなり速度を上げ、すごい勢いで駆け出した。慌てて手綱を引くも、牝馬はパニックを起こしている。幸いにして小川がある方角へ向かっていた。このまま行けば、開けた場所に出る。後ろから追う騎士が追いつき、助けてくれるだろう。

 冷静に判断する一方で、姿勢が崩れて馬のたてがみにしがみ付いた。馬の首に手を回し、振り落とされないよう必死になる。

「お嬢様! 手を、こちらへ」

 並走する騎士が手を差し伸べる。迷う時間はなかった。牝馬の首を離し、上半身を乗り出す。体ごと腕を伸ばした。手首を掴まれ、引っ張られる。抱き付いた騎士は私を受け止めながら、背中から落ちた。

 ごめんなさい。謝罪が口をつく前に、騎士から「ご無事か」と短く確認が飛ぶ。混乱して敬語も吹き飛んだみたい。痛みのせいなのか、騎士の息は乱れていた。

「はい!」

 どこか打ちつけたかもしれないが、手足はすべて揃った状態で生きている。大きく答えた私に、騎士はほっとした顔を見せた。フロレンティーノ公爵家の制服を身につけた騎士の手で、身を起こす。どこも痛くない。

「ケガもありません。あなたは?」

 先に自己申告して、受け止めてくれた騎士に尋ねる。ケガはないと聞いてほっとした。すると今度は馬の行方が気になる。興奮して走り、どこかで足を折ったりしていないといいけれど。

「アリー! 無事か」

「はい、大丈夫です」

 駆け戻るお祖父様の後ろに、二人の騎士。さらに私が乗っていた牝馬を連れた騎士がいた。捕まえてくれたようだ。

 お礼を言って、騒がせたお詫びを口にして。お祖父様に心配されながら、小川で手を洗った。倒れた時に汚した裾を軽く洗い、栗毛の牝馬に跨る。屋敷の近くで、くらりと目眩がした。眉間を手で押さえた私はそのまま倒れ、慌てたお祖父様に部屋へ運ばれた。

 何かしら。くらくらと世界が回って気持ち悪いわ。
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