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112.お見送りの直後の思わぬ誘い
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クラリーチェ様の見送りは、フェリノス国の貴族派がほぼ勢揃いした。この国がロベルディ国に吸収される以上、女王と王配の旅立ちに欠席は許されない。一部体調不良で動けない当主もいたが、きちんと跡取りを代理に立てた。
貴族派がまともなのか、真面だから国王派を抜けたのか。支える王家を見捨てたら、忠誠を尽くすに値する女王が現れた。なんとも皮肉な状況だが、今まで担いだ王冠が偽物だったのは仕方ない。どんなに堅固な王城も、いつかは土台が腐って崩れ去るのだから。
「アリーチェ、すぐにまた会おう」
「はい」
親族である伯母の言葉に、私は素直に頷いた。フェルナン卿は眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔をする。何かあったのかしら。お祖父様は帰らず、このまま私達と一緒に公爵邸へ引っ越す予定だった。見送り側にいるのが不思議だわ。
「ルシーによろしく伝えてくれ。気を付けて帰れよ」
お祖父様はご機嫌でひらひらと手を振る。こちら側に立っているのが、心から嬉しいみたい。今朝、起きて支度をする間にクラリーチェ様から言われた言葉が蘇る。「老い先短い年寄りだからと同情するなよ」と、まるで忠告のようだった。
浮かれているお祖父様の背中を見ると、何を言いたかったのか。何となく伝わった。きっと、お祖父様が騒動を起こしたら叱りつけて止めろ、と。そういう意味ですわね。フェルナン卿の申し訳なさそうなお顔も、ここに繋がるのかもしれない。
「女王陛下の旅のご無事を祈っております。クラリーチェ様、フェルナン卿、お気をつけて」
臣下の公爵令嬢として祈り、姪として心配する。私の挨拶に伯母様は手を振って……馬に跨った。女王陛下って、普通は馬車に乗るのではないかしら。伯母様らしいけれど、フェルナン卿も騎士も何も言わない。いつものことなのだろう。
様々な土産物や衣服を積んだ豪華な馬車が走り始めた。その後ろを伯母様達の隊列が続く。先頭に数人の騎士が立ち、侍女や侍従の乗る馬車が隊列の後ろを走った。最後尾は荷馬車だ。食料や調理用具、野営に必要なテントが山積みだった。
「女王陛下のご出立である。無事を祈願して敬礼」
各貴族家の当主が口々に号令をかけ、見送りに付き添った騎士達が敬礼や抜剣を捧げて敬意を示した。荷馬車が丘を越えて見えなくなると、解除の声がかかる。いきなり寂しくなったわ。
隣に立つお父様とお兄様はほっとした表情を浮かべる。私は寂しさを覚えていた。侍女のサーラもいないのに、伯母様も行ってしまった。このフェリノスに私を傷つける者はもういないけれど、寂しさは別だ。
振り返ったお祖父様は、にやりと笑う。
「ようやく煩いのが帰った。アリーチェ、わしと王宮内を散歩しよう」
「はい……」
散歩と聞いて、私は歩くための靴を用意するよう侍女に命じる。付き添う侍女が一礼したところで、お祖父様から意外な言葉が放たれた。
「散歩だが、馬だぞ」
「馬、ですか?」
貴族の前で先王陛下への言葉遣いとして正しくない。「馬、でしょうか?」とか「馬、でございますか?」の方が相応しいわ。そんな思いが浮かぶものの、衝撃の方が大きかった。
「うま……」
繰り返した単語は、馬車を引くあの四つ足の動物だ。何度口にしても意味が変わることはない。お祖父様は大きく頷いた。
「そうじゃ。だから乗馬用の服を用意させろ」
「……はい」
止めてくれると思った父と兄は、特に気にした様子は見られなかった。私、馬に乗れるの?
貴族派がまともなのか、真面だから国王派を抜けたのか。支える王家を見捨てたら、忠誠を尽くすに値する女王が現れた。なんとも皮肉な状況だが、今まで担いだ王冠が偽物だったのは仕方ない。どんなに堅固な王城も、いつかは土台が腐って崩れ去るのだから。
「アリーチェ、すぐにまた会おう」
「はい」
親族である伯母の言葉に、私は素直に頷いた。フェルナン卿は眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔をする。何かあったのかしら。お祖父様は帰らず、このまま私達と一緒に公爵邸へ引っ越す予定だった。見送り側にいるのが不思議だわ。
「ルシーによろしく伝えてくれ。気を付けて帰れよ」
お祖父様はご機嫌でひらひらと手を振る。こちら側に立っているのが、心から嬉しいみたい。今朝、起きて支度をする間にクラリーチェ様から言われた言葉が蘇る。「老い先短い年寄りだからと同情するなよ」と、まるで忠告のようだった。
浮かれているお祖父様の背中を見ると、何を言いたかったのか。何となく伝わった。きっと、お祖父様が騒動を起こしたら叱りつけて止めろ、と。そういう意味ですわね。フェルナン卿の申し訳なさそうなお顔も、ここに繋がるのかもしれない。
「女王陛下の旅のご無事を祈っております。クラリーチェ様、フェルナン卿、お気をつけて」
臣下の公爵令嬢として祈り、姪として心配する。私の挨拶に伯母様は手を振って……馬に跨った。女王陛下って、普通は馬車に乗るのではないかしら。伯母様らしいけれど、フェルナン卿も騎士も何も言わない。いつものことなのだろう。
様々な土産物や衣服を積んだ豪華な馬車が走り始めた。その後ろを伯母様達の隊列が続く。先頭に数人の騎士が立ち、侍女や侍従の乗る馬車が隊列の後ろを走った。最後尾は荷馬車だ。食料や調理用具、野営に必要なテントが山積みだった。
「女王陛下のご出立である。無事を祈願して敬礼」
各貴族家の当主が口々に号令をかけ、見送りに付き添った騎士達が敬礼や抜剣を捧げて敬意を示した。荷馬車が丘を越えて見えなくなると、解除の声がかかる。いきなり寂しくなったわ。
隣に立つお父様とお兄様はほっとした表情を浮かべる。私は寂しさを覚えていた。侍女のサーラもいないのに、伯母様も行ってしまった。このフェリノスに私を傷つける者はもういないけれど、寂しさは別だ。
振り返ったお祖父様は、にやりと笑う。
「ようやく煩いのが帰った。アリーチェ、わしと王宮内を散歩しよう」
「はい……」
散歩と聞いて、私は歩くための靴を用意するよう侍女に命じる。付き添う侍女が一礼したところで、お祖父様から意外な言葉が放たれた。
「散歩だが、馬だぞ」
「馬、ですか?」
貴族の前で先王陛下への言葉遣いとして正しくない。「馬、でしょうか?」とか「馬、でございますか?」の方が相応しいわ。そんな思いが浮かぶものの、衝撃の方が大きかった。
「うま……」
繰り返した単語は、馬車を引くあの四つ足の動物だ。何度口にしても意味が変わることはない。お祖父様は大きく頷いた。
「そうじゃ。だから乗馬用の服を用意させろ」
「……はい」
止めてくれると思った父と兄は、特に気にした様子は見られなかった。私、馬に乗れるの?
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