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106.信頼を揺るがす嘘の数々

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「先に結論を出してくれないか、アリーチェ」

 クラリーチェ様の声は、伯母ではなく女王としての威厳に満ちていた。ごくりと喉を鳴らし、緊張した唇で声を絞り出す。何か重大な事件が起きているのではないか。不安が声を震わせた。

 お茶に沈んだ黒い羽虫は、小指の爪より小さかった。飲んで実害がないか不明だけれど、見落としそうな大きさだ。私と同じ経験がなければ、愛らしい悲鳴だけで済んだのだろう。

「犯人に会いたいです」

 クラリーチェ様は、サーラの行方を濁した。それは彼女が犯人という意味よね。私の味方で、ずっと一緒にいたサーラがなぜ? 泣きたい気分で唇を引き結んだ。歯を立てればお父様達が止める。分かっているから、ギリギリのところで感情を示した。

「アリーチェ。一つ聞くが、サーラは自分の立場をお前に話したか?」

「ロベルディから姉と一緒に来て、二人でお母様に仕えていたと」

 答えながら、疑問が浮かんだ。お母様の侍女が姉妹だったとして、なぜ姉の話が一度も出なかったのだろう。それにお母様の思い出話もない。話したくないだけか、過去に私が聞きたくないと言った? 記憶の曖昧な私には、判断できなかった。

「よく聞いてくれ。サーラに姉はいない」

「……え?」

 何を言われたのか、理解できなかった。サーラは私に嘘をついたの? いえ、それ以前に彼女から聞いた話のどこが嘘で、どこが本当なのか。足元が揺らぐような不快感を覚えた。口元を手で覆い、震えながらも顔を上げる。

「サーラはロベルディから来た侍女ではない。このフェリノスで雇った元男爵令嬢だ」

 実家が没落し、身売り同然に侍女として雇われた。男爵令嬢だったため、最低限の礼儀作法が出来ている。だから公爵夫人である母の侍女として、上級使用人となった。

 母が嫁いできた時、ロベルディから数人の侍女を伴っている。その一人を慕っていた。サーラが口にした姉とは、その侍女を示すのだろう。

 予想混じりに語られた話を、ただ無言で受け止める。頭の中で整理しきれない情報が、踊るように流れた。ロベルディ出身ではない? 姉もいない……どうしてそんな嘘を?

 そこで、ふと思い至った。ロベルディの王女付きの侍女なら、伯爵家や侯爵家の次女や三女が多い。それだけの肩書を持った侍女なら、伯母様やお祖父様も面識があったはず。けれど、二人とも気にしなかった。最低限、侍女に対する言葉のみ。

 立場や状況の問題だと思ったけれど、単に知らない侍女だから何も言わなかったとしたら。考えがぐるぐると回る。同じ場所で足踏みして抜けられないような、気持ちの悪さがあった。疑いたくないのに、信頼を裏切る情報ばかり集まる。吐きそうだった。

 もしサーラが敵なら、私はどうしたらいいの。

「分かった、犯人に会わせよう。それと……今回巻き込まれた侍女だが、事情聴取が終わったぞ」

 クラリーチェ様の穏やかな声に、首を傾げる。犯人とは別に、巻き込まれた侍女。それはサーラのことだ。嘘をついたけれど、今回の犯人ではないのなら……私は一方的に彼女を疑ったことになる。

 サーラに対して何も口にしていないが、反省すべきだ。お兄様もこんな感じで裏切りを実感したのかしら。まだ混乱する私は、震える息を吐き出した。
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