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101.不自然さが腑に落ちた

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 希望のシチューは本当に美味しかった。平民のシチューは汁が多く、具は野菜中心だ。今回用意されたのは、牛肉の赤ワイン煮の方が近い。大きく柔らかな肉に、ブラウンのシチューが掛かっていた。

 ナイフも要らないくらいの肉と、シチューを吸わせたパンは大満足だった。料理長にお礼を伝えてもらい、デザートのパイを崩す。お芋かしら。ほんのり甘くて、優しい緑茶に似合う。濁った緑のお茶は、ロベルディでも飲まれていた。

 サーラが用意したから、ロベルディ風の飲み物だったのだろう。食後のお茶を楽しんで、王妃様とパストラ様は引き上げた。家族だけになった部屋で、私は疑問を口にしようとして躊躇った。

 兄カリストについて聞きたいのに、当人がいる場で切り出すのは気が引ける。お祖父様かクラリーチェ様に尋ねようかしら。それともお父様に聞くのが正解? 迷って言葉を呑み込む。

「リチェ、僕のことだろう?」

 察しているのか、お兄様は穏やかに微笑んだ。自ら切り出し、促すようにお父様の表情を窺う。お祖父様は無言でお茶を飲み、クラリーチェ様達は顔を見合わせた。

「そうか、アリーチェは忘れていたのだな」

 覚えていない。その事実を改めて認識した伯母様は、大きく頷いた。お父様は少し言い淀んだ後、話し始める。この役割は、クラリーチェ様やお祖父様ではない。お父様かお兄様自身が告げるべきだった。聞きながらそう感じる。当事者以外から語られる内容ではなかった。

「アリーチェの考える通り、カリストは俺の親族だ。従姉妹の子で、養子として引き取った」

 お父様の従姉妹……まったく思い出せないし、誰も触れなかった。説明によれば、何年も前に亡くなっているらしい。流行病で儚くなり、追うように夫も同じ病で命を落とした。孤児であるお兄様を引き取ったお父様は、当時、私とお兄様が結婚すればいいと考えたらしい。

 フロレンティーノ公爵家を継ぐだけならば、それでよかった。けれど、ロベルディの庇護が必要なフェリノス国の現状を踏まえ、王家の婚約者とした。未来の王妃であれば、伯母様もこの国を大切にしてくれるだろう、と。その思惑は、愚かな王族によって潰えたのだ。

「カリストはアリーチェと結婚するつもりで育った。混乱させ、悪いことをした」

 お父様はすまなかったと頭を下げる。お兄様は無言だった。

 引っかかっていたお兄様の不自然な態度が、繋がっていく。離れた点が一つの線の上にあり、千切れて見えていただけだ。

 愛称を付けて呼ぶのは、私を妹ではなく一人の女性として見ていたから。学院で寮に入り距離を置いたのは、私が王太子の婚約者となったため。フリアンの側近になる道を選んだのも、すべて未来の王妃になる私を支える目的だった。

 浮気を知って離脱したけれど、すぐ私に近づかなかった。王太子の悪行がバレて、婚約が解消されるのを期待したのね。それでお父様に報告せず、彼が自滅するのを待った。しかし想像以上に王太子が愚かすぎて、私を殺そうと……。

 目覚めたあの日、償いたいと詫びた意味が理解できたわ。王太子と破綻して、私と結婚できる未来を夢みたお兄様は、後手に回った原因が自分だと自覚している。記憶が戻らないことに、一番安心したのは……お兄様かもしれない。記憶を取り戻そうとする私を止めたことも、すべて繋がった。

「悪かった、リチェ。僕の愚かな欲で、君を失うところだった」

 お父様はお兄様の言動から、察してしまった。本人から謝らせるつもりで、口を噤む。これが不自然だった態度の理由だ。二人の関係が、綺麗に整理された。

「お父様、お兄様。私を愛してくださって、ありがとうございます」

 責める言葉ではなく、最初に浮かんだのは感謝だった。
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