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87.対照的な二人の元令嬢

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「女王陛下に申し上げます。私の実家トラーゴ伯爵家は、横領の罪を犯しました。それ以外の罪はございません」

 目の前で髪を振り乱したカサンドラとは違う。淡々と言い切った。顔を上げた彼女はやや青ざめているものの、気丈に顔を上げて視線を合わせてくる。

 ああ、そうだったわ。あなたはいつも私の目を正面から見つめた。フリアンに言い寄られて頬を染めている時も、私が嫌がらせをされている現場でも。揺るがない真っ直ぐな視線を向ける。まるで他人事のように……だから私も同じように無言で見つめ返した。

 憎悪も憐憫も滲ませず、口元に笑みを浮かべて。淑女教育の成果である微笑みで受け流した。あなたに対して何も感じていない。挨拶も受けたことがないから、ただの他人。そう見えるように振る舞う。

 蘇った記憶の一部が、しくしくと胸に痛みを齎した。愛していなくとも、婚約者に蔑ろにされれば傷つく。誰かに嫌われる経験に慣れる日なんて来ないだろう。ただただ、嫌で仕方なかった学院生活を、さらに黒く塗り潰したのは――トラーゴ伯爵令嬢の存在だった。

 カサンドラは私が入学した年に国を出た。砂漠のライネサン王国へ嫁ぎ、戻ってきたのも最近のこと。直接の接点はほとんどない。だから裏であれこれと画策して動いたことに、正直驚いていた。そんなにフリアンが好きだったのかしら? と。

 仮にも公爵令嬢だったなら、王太子妃候補に名が挙げられたはず。なのに私に決まった経緯は何だろう。お父様の権力か、側近であるお兄様の存在か。フリアン自身が浮気するほど好きだったなら、婚約者交代を奏上すればよかった。

 私は別にフリアンを愛していない。日記から判断する限り、愛したこともなかっただろう。穏便に婚約者交代を申し出ていたら、カサンドラはこの国に残った。彼女を正妃に据え、トラーゴ伯爵令嬢を側妃にすればいい。

「っ! なぜ、そんな目をするの」

 考えに耽っていた私を責めるように、伯爵令嬢は声を上げた。騎士が猿轡を用意するが、暴れる様子はない。そのままでいいと手で合図を出し、私はこてりと首を傾げた。

「何のお話かしら?」

「私を憎んでいるんでしょう!? フリアンを奪ったから! そう言えばいいじゃない。罵って喚いて、泣いたらいいわ」

 ああ、そちらの意味ね。てっきりあなたの真似をした件かと思った。

「家同士が決めた政略結婚の婚約者よ。愛はないの。穏便に解消してくれたら、こんな騒ぎにならなかった」

 理路整然と口にする言葉。それがトラーゴ伯爵令嬢の感情を逆撫でしたらしい。

「嘘つき! 本当は悔しいんでしょう!!」

「いいえ、好きでもない男が誰と浮気しようが……私には関係ないわ」

 驚いた顔で「うそ……」と呟いた伯爵令嬢は、がくりと床に座り込んだ。私に何を求めたの? 分からない。でも、彼女は元婚約者の浮気相手だった。それ以上の害を私に与えていない。私に当てられる予算の横領も、彼女の実家と元王太子が行ったこと。

 ヴェルディナ個人が私にしたことは、愛してもいない婚約者と恋仲になったことだけ。嫌がらせを受ける私に、追加で何かした事実もない。考えてみたら、カサンドラと真逆の人ね。堂々とクラリーチェ様に意見を述べた態度も見事だった。

 フリアンが間に挟まらなければ、私は彼女と友人になれたかもしれない。そんな妄想が過った。

「ブエノ子爵令嬢襲撃事件、いや殺害事件か。その教唆は罪ではない、と?」

 突きつけたのはお兄様の声だった。
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