79 / 137
79.フェリノスは動物の国だったかしら
しおりを挟む
元国王オレガリオは、すでに国を奪われ地位をなくした平民だ。ロベルディ国への移動に際して、本来なら猿轡などは外される。罪人は荷馬車に積んで運ぶことになっていた。揺れる上、非常に床が硬い。転がり落ちないよう縛り付けて運搬するため、必要ない拘束は外すのが通例だった。
償わせる前に死なれると困るからだ。今回はその配慮を逆にした。途中で命を絶つほど真面とは思わないが、運搬する兵士の精神面や苦労への配慮という形で拘束したまま運ぶらしい。奇妙な形の樽に押し込め、手足や首を外へ縛るのだとか。興味があるようで、お兄様は騎士達に付いて行った。
正直、私も少し気になるわ。でも、席を立ってわざわざ見に行くほどではない。
「女狐と雌猫、どちらから処理すべきか」
王太子が礼儀知らずの猿で、狐に猫……この国はいつから動物に支配されていたのかしら。伯母様の茶化した表現に、くすっと笑った。
「そうして笑っておれ、そなたはロベルディの王族なのだから」
ことあるごとに、クラリーチェ様は私にそう告げる。フェリノスの公爵令嬢ではなく、ロベルディの王族――ちらりとお父様を見上げると、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。何か裏がある表現ではないみたい。斜め後ろに控えるサーラが進言した。
「女王陛下、休憩を挟んではいかがでしょう」
お茶の用意をいたします。付け加えられた言葉は柔らかく、伯母様も同意した。許可を得てお茶の支度が始まり、貴族達も場を離れる。クラリーチェ様と手を繋いだ私は、王妃様達を手招きした。ぜひ一緒にと誘い、謁見の間から移動する。
王宮の侍女を通さず、サーラは自分でお茶の道具を用意した。見慣れた缶から茶葉を取り出す。王宮にある茶葉を使わないところが、彼女らしいわ。そういえば、離宮へ移動する際に準備していたわね。手際よく淹れられたのは、緑のお茶だった。
香りが高く、やや濁りのあるお茶はほんのり甘い。渋さや苦みもあるのに、最後に甘さが口に残った。砂糖とは違う自然な甘さをゆっくりと味わった。ここは客間なのか、応接用のソファとテーブルが並んでいる。クラリーチェ様と私は並んで座り、王妃様とパストラ様は向かいに腰掛けた。自然と残った椅子がお父様の位置になる。
いわゆる議長席ね。長細いテーブルはマーブル模様の大理石のようだった。白に模様が入っている。その上に鮮やかな黄色基調のカップを並べ、緑茶を注ぐ。見た目も美しかった。二口目を飲んで「あの日と同じ味だわ」と感じる。
あの日? 何かが刺激された気がして、私は少ない記憶を探る。苦しい思いをした紅茶とは違う。どこか穏やかな感情が呼び起こされた。伯母様が何か話しかけているのに、己の内面と向き合うのに必死だった。
零れ落ちてしまいそう。何かが思い出せそうなの。焦った私は緑茶を口元へ運び、その香りを胸いっぱいに吸い込む。それでも足りない気がして、口をつけた。飲み干す手前、ふわりと広がった香りに目を見開く。
「アリーチェ?」
不思議そうなお父様の呼びかけに、ぼんやりした記憶が鮮明になる。そうだわ、あの日の私は同じこのお茶を飲んだ。同じ色のカップで……。
償わせる前に死なれると困るからだ。今回はその配慮を逆にした。途中で命を絶つほど真面とは思わないが、運搬する兵士の精神面や苦労への配慮という形で拘束したまま運ぶらしい。奇妙な形の樽に押し込め、手足や首を外へ縛るのだとか。興味があるようで、お兄様は騎士達に付いて行った。
正直、私も少し気になるわ。でも、席を立ってわざわざ見に行くほどではない。
「女狐と雌猫、どちらから処理すべきか」
王太子が礼儀知らずの猿で、狐に猫……この国はいつから動物に支配されていたのかしら。伯母様の茶化した表現に、くすっと笑った。
「そうして笑っておれ、そなたはロベルディの王族なのだから」
ことあるごとに、クラリーチェ様は私にそう告げる。フェリノスの公爵令嬢ではなく、ロベルディの王族――ちらりとお父様を見上げると、穏やかな笑みを浮かべて頷いた。何か裏がある表現ではないみたい。斜め後ろに控えるサーラが進言した。
「女王陛下、休憩を挟んではいかがでしょう」
お茶の用意をいたします。付け加えられた言葉は柔らかく、伯母様も同意した。許可を得てお茶の支度が始まり、貴族達も場を離れる。クラリーチェ様と手を繋いだ私は、王妃様達を手招きした。ぜひ一緒にと誘い、謁見の間から移動する。
王宮の侍女を通さず、サーラは自分でお茶の道具を用意した。見慣れた缶から茶葉を取り出す。王宮にある茶葉を使わないところが、彼女らしいわ。そういえば、離宮へ移動する際に準備していたわね。手際よく淹れられたのは、緑のお茶だった。
香りが高く、やや濁りのあるお茶はほんのり甘い。渋さや苦みもあるのに、最後に甘さが口に残った。砂糖とは違う自然な甘さをゆっくりと味わった。ここは客間なのか、応接用のソファとテーブルが並んでいる。クラリーチェ様と私は並んで座り、王妃様とパストラ様は向かいに腰掛けた。自然と残った椅子がお父様の位置になる。
いわゆる議長席ね。長細いテーブルはマーブル模様の大理石のようだった。白に模様が入っている。その上に鮮やかな黄色基調のカップを並べ、緑茶を注ぐ。見た目も美しかった。二口目を飲んで「あの日と同じ味だわ」と感じる。
あの日? 何かが刺激された気がして、私は少ない記憶を探る。苦しい思いをした紅茶とは違う。どこか穏やかな感情が呼び起こされた。伯母様が何か話しかけているのに、己の内面と向き合うのに必死だった。
零れ落ちてしまいそう。何かが思い出せそうなの。焦った私は緑茶を口元へ運び、その香りを胸いっぱいに吸い込む。それでも足りない気がして、口をつけた。飲み干す手前、ふわりと広がった香りに目を見開く。
「アリーチェ?」
不思議そうなお父様の呼びかけに、ぼんやりした記憶が鮮明になる。そうだわ、あの日の私は同じこのお茶を飲んだ。同じ色のカップで……。
111
お気に入りに追加
2,566
あなたにおすすめの小説
前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?
柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。
理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。
「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。
だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。
ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。
マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
けれど、それには思いも寄らない理由があって……?
信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
悪役令嬢の残した毒が回る時
水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。
処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。
彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。
エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。
※設定は緩いです。物語として見て下さい
※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意
(血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです)
※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい
*HOTランキング4位(2021.9.13)
読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる