59 / 137
59.隣国から伯母様が到着なさった
しおりを挟む
徹夜は無理で、途中で眠ってしまった。同室で過ごしたサーラが灯りを消してくれたようだ。目が覚めると部屋は暗かった。分厚いカーテンに遮られた窓の向こうは、すでに日が昇っている。細い朝日が隙間から差し込んだ。
サーラはまだ眠っている。ベッドの中で、読みかけの日記を手に取った。結局、最後まで目を通せなかった。思ったより文字が細かい上、びっしりと書いてある。私、意外と几帳面だったみたい。今の私とは別人のように感じながら、栞を抜き取る。これはサーラが挿してくれたのね。
「お嬢様? おはようございます。失礼いたしました」
慌てて飛び起きようとする彼女の肩を押さえ、私は首を横に振った。まだ早いわ。朝の準備はゆっくりしたらいいし、正直、眠いのも手伝ってこのまま横になりたいのが本音よ。でも伯母様がいらっしゃるのに、まさかベッドで横たわってお迎えするわけにいかない。病人や重傷者じゃないんですもの。
「ゆっくりでいいわ」
一礼して身を起こし、サーラは準備を始めた。女王陛下にお会いするのに失礼がない格式の、けれど窮屈ではないドレスを数点選ぶ。どれもガーデン用の淡い色ばかりだ。選んだのは淡いオレンジ色、金髪の女性は印象がぼやけるから嫌がる色だった。私の銀髪とは相性がいいし、何より人と色が被らないのがいい。
支度を終えたのを待っていたように、ノックされた。カリストお兄様だ。きちんと礼服を着込んでいるのは、伯母様の到着予定が確定したからね。
「伯母上はもうすぐ到着される。一緒に待とう」
出迎えのお誘いだった。離宮の敷地から離れることは、お父様に禁止されている。可能なら散歩も控えてほしいと言われた。けれど、さすがに隣国の女王陛下をお迎えにするにあたり、出迎えもしないのは失礼だ。
お兄様が一緒なら問題ない。サーラはトランクを持って続き、私達は玄関ロビーに降り立った。噂を聞いたのか、何人かの貴族がうろうろしている。その中にエリサリデ侯爵夫妻もいた。
「おはようございます」
優雅に挨拶を交わし、開いたままの玄関扉の先を見つめる。まだお姿はない。遅れずに済んだと胸を撫で下ろした。明るい日差しが照らす玄関アプローチの石畳は、白い石が使われている。反射して眩しいくらいだった。
きらりと何かが光った。遠くから馬車の音が聞こえる。伯母様かしら。期待した私の足は数歩前に出た。それを咎めるように、兄が前に立つ。
油断してはいけない。気を引き締めて、一つ深呼吸した。馬車の車輪の音は徐々に大きくなり、距離が近づくと蹄の音も混じる。意識を前方へ集中する私は、後ろから肩を叩く手にびくりと身を竦めた。
「すまん、脅かしてしまった」
「お父様……おはようございます」
後ろにはサーラやエリサリデ侯爵夫妻がいたのだ。敵が後ろから襲ってくれば、彼女らが先に声を上げる。ここしばらく襲撃が続いたので、心配しすぎたみたい。頬を緩めて、お父様の隣に並んだ。
「お父様、カフスが……」
取れそうです。そう続ける前に手を伸ばした。触れた袖のカフスボタンを直し、笑顔を添えた。ほぼ同じ頃、馬車がアプローチの石畳を回る。さっと自分の身なりを確認し、サーラと頷き合った。大丈夫そうね。
止まった馬車から降りた女性は、肖像画のお母様に似ている。でももっと厳しい表情をして、怖そうな感じだった。その硬い表情が、私達を見るなり解けていく。
「ようこそお越しくださいました。伯母様」
私は跪礼を披露するも、すぐに歩み寄った女王陛下に遮られた。頬に触れた手は、手袋を外している。するりと撫でた後、伯母様は「出迎えに感謝する」と礼を解くよう告げた。
「久しぶりだ、よく顔を見せておくれ。アリーチェ、どこぞ部屋に案内しておくれ」
艶があり煌く金髪の美女は、赤紫の瞳をしていた。お母様の肖像画の赤い瞳を思い出す。とても安心した。
サーラはまだ眠っている。ベッドの中で、読みかけの日記を手に取った。結局、最後まで目を通せなかった。思ったより文字が細かい上、びっしりと書いてある。私、意外と几帳面だったみたい。今の私とは別人のように感じながら、栞を抜き取る。これはサーラが挿してくれたのね。
「お嬢様? おはようございます。失礼いたしました」
慌てて飛び起きようとする彼女の肩を押さえ、私は首を横に振った。まだ早いわ。朝の準備はゆっくりしたらいいし、正直、眠いのも手伝ってこのまま横になりたいのが本音よ。でも伯母様がいらっしゃるのに、まさかベッドで横たわってお迎えするわけにいかない。病人や重傷者じゃないんですもの。
「ゆっくりでいいわ」
一礼して身を起こし、サーラは準備を始めた。女王陛下にお会いするのに失礼がない格式の、けれど窮屈ではないドレスを数点選ぶ。どれもガーデン用の淡い色ばかりだ。選んだのは淡いオレンジ色、金髪の女性は印象がぼやけるから嫌がる色だった。私の銀髪とは相性がいいし、何より人と色が被らないのがいい。
支度を終えたのを待っていたように、ノックされた。カリストお兄様だ。きちんと礼服を着込んでいるのは、伯母様の到着予定が確定したからね。
「伯母上はもうすぐ到着される。一緒に待とう」
出迎えのお誘いだった。離宮の敷地から離れることは、お父様に禁止されている。可能なら散歩も控えてほしいと言われた。けれど、さすがに隣国の女王陛下をお迎えにするにあたり、出迎えもしないのは失礼だ。
お兄様が一緒なら問題ない。サーラはトランクを持って続き、私達は玄関ロビーに降り立った。噂を聞いたのか、何人かの貴族がうろうろしている。その中にエリサリデ侯爵夫妻もいた。
「おはようございます」
優雅に挨拶を交わし、開いたままの玄関扉の先を見つめる。まだお姿はない。遅れずに済んだと胸を撫で下ろした。明るい日差しが照らす玄関アプローチの石畳は、白い石が使われている。反射して眩しいくらいだった。
きらりと何かが光った。遠くから馬車の音が聞こえる。伯母様かしら。期待した私の足は数歩前に出た。それを咎めるように、兄が前に立つ。
油断してはいけない。気を引き締めて、一つ深呼吸した。馬車の車輪の音は徐々に大きくなり、距離が近づくと蹄の音も混じる。意識を前方へ集中する私は、後ろから肩を叩く手にびくりと身を竦めた。
「すまん、脅かしてしまった」
「お父様……おはようございます」
後ろにはサーラやエリサリデ侯爵夫妻がいたのだ。敵が後ろから襲ってくれば、彼女らが先に声を上げる。ここしばらく襲撃が続いたので、心配しすぎたみたい。頬を緩めて、お父様の隣に並んだ。
「お父様、カフスが……」
取れそうです。そう続ける前に手を伸ばした。触れた袖のカフスボタンを直し、笑顔を添えた。ほぼ同じ頃、馬車がアプローチの石畳を回る。さっと自分の身なりを確認し、サーラと頷き合った。大丈夫そうね。
止まった馬車から降りた女性は、肖像画のお母様に似ている。でももっと厳しい表情をして、怖そうな感じだった。その硬い表情が、私達を見るなり解けていく。
「ようこそお越しくださいました。伯母様」
私は跪礼を披露するも、すぐに歩み寄った女王陛下に遮られた。頬に触れた手は、手袋を外している。するりと撫でた後、伯母様は「出迎えに感謝する」と礼を解くよう告げた。
「久しぶりだ、よく顔を見せておくれ。アリーチェ、どこぞ部屋に案内しておくれ」
艶があり煌く金髪の美女は、赤紫の瞳をしていた。お母様の肖像画の赤い瞳を思い出す。とても安心した。
133
お気に入りに追加
2,566
あなたにおすすめの小説
前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?
柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。
理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。
「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。
だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。
ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。
マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
けれど、それには思いも寄らない理由があって……?
信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
悪役令嬢の残した毒が回る時
水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。
処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。
彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。
エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。
※設定は緩いです。物語として見て下さい
※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意
(血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです)
※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい
*HOTランキング4位(2021.9.13)
読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる