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53.敵が一つなら辻褄が合わない
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婚約破棄騒動以前の記憶がないため、伯母様のことも分からない。お兄様によれば、末妹であるお母様をとても愛しておられたそう。その繋がりで、私をとても大切にしていた。
私の記憶がないことを、伯母様に知らせたのかしら。その辺はお父様にお伺いしないと。もし知らないなら、きちんとお話ししなくてはならない。
「伯母様はどこまでご存じなの?」
「アリーチェの婚約破棄騒動は、翌日には知っていたな。その後も情報を求めて、父上に連絡が来ていたはずだ」
お父様はどこまで話したのかしらね。ややこしい事態にならなければいいわ。お父様は今、文官達からの報告や証拠の提出を受けている。王宮へ出向いて話を進めているようだ。離宮関連や王子妃予算の横領は、早く片付くだろう。
「フロレンティーノ公爵令嬢様、よろしければお茶をご一緒しませんか?」
エリサリデ侯爵夫人のお誘いに、私は迷わず頷いた。何か情報を持っておられる様子。そう判断したのは、弧を描いた口元だった。意味がなかったとしても、とても魅力的だわ。ぜひお近づきになりたい。
部屋から出ることはお兄様の許可が出ないので、今いる客間で行った。女性だけのお茶会を邪魔する無粋は遠慮すると言い残し、お兄様は部屋を出る。護衛の騎士は扉に二人、表のテラスに繋がる柱の陰に二人。隠し通路がないことも、王妃様達のお陰で判明していた。
サーラが慣れた手つきでお茶を用意する。侯爵夫人へ紅茶を淹れると思ったけれど、そこは徹底していた。ジャスミン系のハーブティだ。香りが部屋に漂うと、侯爵夫人はゆっくり深呼吸した。
「王太子殿下に関する噂をご存じでしょうか?」
「噂、ですか」
切り出された話は、想像した方向ではなかった。隣国ロベルディや、隠し通路の話ではない。今さら、王太子の噂話? そんな怪訝な表情を浮かべたのだろう。侯爵夫人は「あら、素直な方ね」と微笑んだ。
「リベジェス公爵家の……あの女性です。彼女が砂漠の国に嫁ぐ前、約束をしたそうですわ」
最後の一線を越えたかどうか、それは当事者以外、誰も知らない。けれど、支援を約束したのは……憶測を呼んだ。
「年老いた先代王へ嫁ぐ、公爵令嬢カサンドラ様へ。王太子殿下がティアラを贈ったのです。これは噂ではなく事実ですわ。そのティアラだけでなく、毎年彼女へ贈り物をしていたとか」
エリサリデ侯爵は外交に関する知識が豊富で、他国との交渉事に長けている。砂漠の国とも交渉を行なったはず。定期的に使者を向かわせ、国交を保とうとした。その布石の一つが、ご令嬢の輿入れだったのだ。
本来は伯爵令嬢が嫁ぐ予定だった。お相手も年老いた王ではなく、次世代を担う王太子殿下へ。そこに割り込み話を複雑にしたのが、リベジェス公爵令嬢だ。己の野望のため、王を傀儡に仕立てようとした。
「王太子……殿下と恋仲なら、この国の王妃を狙うのではありませんか?」
「一般的にはそうなります。でも、王太子殿下はあなた様の後ろ盾が欲しかったのでしょうね」
私の後ろに隣国ロベルディを見た。だったら婚約破棄は悪手だわ。結婚してから殺害すればよかったのに……。
混乱してきた私は眉を寄せ、お茶をゆっくり飲む。考えに沈む私をよそに、エリサリデ侯爵夫人はさらに続けた。
「私が思うに、敵は複数いるのではありませんか? 王家の方々、それ以外……皆様が打ち合わせなく勝手に動いたのでしょう。実は……こういった推理は好きなのです」
後半はこそっと声をひそめ、彼女はウィンクして笑った。普段から恋愛小説より、殿方の好む謎解きを楽しんでいる。そんな暴露に、仲良くなれそうだと感じた。おそらく、私もそちらの方が楽しく読めると思うもの。
私の記憶がないことを、伯母様に知らせたのかしら。その辺はお父様にお伺いしないと。もし知らないなら、きちんとお話ししなくてはならない。
「伯母様はどこまでご存じなの?」
「アリーチェの婚約破棄騒動は、翌日には知っていたな。その後も情報を求めて、父上に連絡が来ていたはずだ」
お父様はどこまで話したのかしらね。ややこしい事態にならなければいいわ。お父様は今、文官達からの報告や証拠の提出を受けている。王宮へ出向いて話を進めているようだ。離宮関連や王子妃予算の横領は、早く片付くだろう。
「フロレンティーノ公爵令嬢様、よろしければお茶をご一緒しませんか?」
エリサリデ侯爵夫人のお誘いに、私は迷わず頷いた。何か情報を持っておられる様子。そう判断したのは、弧を描いた口元だった。意味がなかったとしても、とても魅力的だわ。ぜひお近づきになりたい。
部屋から出ることはお兄様の許可が出ないので、今いる客間で行った。女性だけのお茶会を邪魔する無粋は遠慮すると言い残し、お兄様は部屋を出る。護衛の騎士は扉に二人、表のテラスに繋がる柱の陰に二人。隠し通路がないことも、王妃様達のお陰で判明していた。
サーラが慣れた手つきでお茶を用意する。侯爵夫人へ紅茶を淹れると思ったけれど、そこは徹底していた。ジャスミン系のハーブティだ。香りが部屋に漂うと、侯爵夫人はゆっくり深呼吸した。
「王太子殿下に関する噂をご存じでしょうか?」
「噂、ですか」
切り出された話は、想像した方向ではなかった。隣国ロベルディや、隠し通路の話ではない。今さら、王太子の噂話? そんな怪訝な表情を浮かべたのだろう。侯爵夫人は「あら、素直な方ね」と微笑んだ。
「リベジェス公爵家の……あの女性です。彼女が砂漠の国に嫁ぐ前、約束をしたそうですわ」
最後の一線を越えたかどうか、それは当事者以外、誰も知らない。けれど、支援を約束したのは……憶測を呼んだ。
「年老いた先代王へ嫁ぐ、公爵令嬢カサンドラ様へ。王太子殿下がティアラを贈ったのです。これは噂ではなく事実ですわ。そのティアラだけでなく、毎年彼女へ贈り物をしていたとか」
エリサリデ侯爵は外交に関する知識が豊富で、他国との交渉事に長けている。砂漠の国とも交渉を行なったはず。定期的に使者を向かわせ、国交を保とうとした。その布石の一つが、ご令嬢の輿入れだったのだ。
本来は伯爵令嬢が嫁ぐ予定だった。お相手も年老いた王ではなく、次世代を担う王太子殿下へ。そこに割り込み話を複雑にしたのが、リベジェス公爵令嬢だ。己の野望のため、王を傀儡に仕立てようとした。
「王太子……殿下と恋仲なら、この国の王妃を狙うのではありませんか?」
「一般的にはそうなります。でも、王太子殿下はあなた様の後ろ盾が欲しかったのでしょうね」
私の後ろに隣国ロベルディを見た。だったら婚約破棄は悪手だわ。結婚してから殺害すればよかったのに……。
混乱してきた私は眉を寄せ、お茶をゆっくり飲む。考えに沈む私をよそに、エリサリデ侯爵夫人はさらに続けた。
「私が思うに、敵は複数いるのではありませんか? 王家の方々、それ以外……皆様が打ち合わせなく勝手に動いたのでしょう。実は……こういった推理は好きなのです」
後半はこそっと声をひそめ、彼女はウィンクして笑った。普段から恋愛小説より、殿方の好む謎解きを楽しんでいる。そんな暴露に、仲良くなれそうだと感じた。おそらく、私もそちらの方が楽しく読めると思うもの。
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