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52.寝ている間に大きく進展する
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ひとまず用意された客間で眠った。サーラも一緒に横になるようお願いし、お兄様が同室で待機する。気を遣ったエリサリデ侯爵の申し出で、侯爵夫人が付き添いに入った。
未婚の適齢期の男女……一般的に兄弟は対象にならない。けれど、この部屋には侍女サーラがいた。彼女も貴族令嬢であるため、噂の対象になる。それを防ぐ心遣いだった。
寝ているだけの私達の付き添いなんて、申し訳なかったわ。そう思いながら目を覚ました私は、思わぬ光景に目を瞬く。カリストお兄様と侯爵夫人は、真剣に戦盤に興じていた。状況は、お兄様が不利なようだ。眉間に皺が寄っている。
「これでいかが?」
対する侯爵夫人は余裕の笑みを浮かべ、淡いピンクに染めた爪先で駒を動かした。
「くっ……参りました」
足掻こうとして、戦況をひっくり返せないと判断したようだ。素直に負けを認めた。
「リチェ、起きたのか」
「あ、はい。ありがとうございます」
侯爵夫人と兄に付き添いの礼を告げる。サーラはすでに起きており、ベッド脇の椅子に控えていた。窓の外はまだ明るく、時間はそれほど経っていない。やや傾いた日差しが部屋に差し込んでいた。
改めて侯爵夫人に向き直る私の髪を、サーラが手慣れた様子で直した。少し乱れていたのね。
「ごめんなさい、王妃様とパストラ様のお見送りができなかったわ」
「問題ない、父上が護衛を手配していたから」
護衛は別の話。礼を欠いたのは事実なので、後で手紙を書こうと決めた。目が覚めてからの私、きっと淑女らしからぬ振る舞いばかりだわ。少し反省する。
「父上から報告があった」
大きく進展があったのだという。怒ったお父様が乗り込んだことで、文官の一部が書類を提出した。王家につくより、公爵家率いる貴族派に恩を売ろうと考えたのだろう。様々な書類が、あちこちの部署から寄せられている。
文官は下級貴族の嫡子以外が多く、騎士と同じだ。行き場のない彼らは就職先である王宮に忠誠を誓うが、それも限界があった。雑な横領の痕跡や改竄の履歴を見つけるたび、またかと溜め息を吐く日々。
働いて得る給金の数年分に当たる金額が、一瞬で消えてしまう。そんな現場で働けば、精神的にも疲れる。もううんざりだと投げ出すのも当然だった。貴族派の言い分に正当性があり、婚約破棄騒動の顛末を知っていたら。
余計にこちらへ肩入れする者が増える。一人が手のひらを返せば、あっという間に彼らはこちらへ付いた。
賢い選択だわ。少なくとも、横領や改竄の濡れ衣を着せられることはない。あのまま王家に従えば、国王派の罪は文官達に押し付けられただろう。横領の罪は重く、まったく関係ない親類まで巻き込まれる。
沈む船から逃げる権利は、誰もが持っているのだから。ただ、船長だけは最後まで残らなくてはならない。たとえ船が沈んだとしても。国王や王太子は、その責任から逃れることは不可能だった。
「ロベルディの伯母上が、ついに動くそうだ。他国への牽制もあるが、思ったより早かった」
カリストお兄様は、さらりと爆弾発言を繰り出す。伯母様って、第三王女だったお母様の一番上のお姉様よね。つまりロベルディの女王陛下のお出まし? 一大事だわ。
未婚の適齢期の男女……一般的に兄弟は対象にならない。けれど、この部屋には侍女サーラがいた。彼女も貴族令嬢であるため、噂の対象になる。それを防ぐ心遣いだった。
寝ているだけの私達の付き添いなんて、申し訳なかったわ。そう思いながら目を覚ました私は、思わぬ光景に目を瞬く。カリストお兄様と侯爵夫人は、真剣に戦盤に興じていた。状況は、お兄様が不利なようだ。眉間に皺が寄っている。
「これでいかが?」
対する侯爵夫人は余裕の笑みを浮かべ、淡いピンクに染めた爪先で駒を動かした。
「くっ……参りました」
足掻こうとして、戦況をひっくり返せないと判断したようだ。素直に負けを認めた。
「リチェ、起きたのか」
「あ、はい。ありがとうございます」
侯爵夫人と兄に付き添いの礼を告げる。サーラはすでに起きており、ベッド脇の椅子に控えていた。窓の外はまだ明るく、時間はそれほど経っていない。やや傾いた日差しが部屋に差し込んでいた。
改めて侯爵夫人に向き直る私の髪を、サーラが手慣れた様子で直した。少し乱れていたのね。
「ごめんなさい、王妃様とパストラ様のお見送りができなかったわ」
「問題ない、父上が護衛を手配していたから」
護衛は別の話。礼を欠いたのは事実なので、後で手紙を書こうと決めた。目が覚めてからの私、きっと淑女らしからぬ振る舞いばかりだわ。少し反省する。
「父上から報告があった」
大きく進展があったのだという。怒ったお父様が乗り込んだことで、文官の一部が書類を提出した。王家につくより、公爵家率いる貴族派に恩を売ろうと考えたのだろう。様々な書類が、あちこちの部署から寄せられている。
文官は下級貴族の嫡子以外が多く、騎士と同じだ。行き場のない彼らは就職先である王宮に忠誠を誓うが、それも限界があった。雑な横領の痕跡や改竄の履歴を見つけるたび、またかと溜め息を吐く日々。
働いて得る給金の数年分に当たる金額が、一瞬で消えてしまう。そんな現場で働けば、精神的にも疲れる。もううんざりだと投げ出すのも当然だった。貴族派の言い分に正当性があり、婚約破棄騒動の顛末を知っていたら。
余計にこちらへ肩入れする者が増える。一人が手のひらを返せば、あっという間に彼らはこちらへ付いた。
賢い選択だわ。少なくとも、横領や改竄の濡れ衣を着せられることはない。あのまま王家に従えば、国王派の罪は文官達に押し付けられただろう。横領の罪は重く、まったく関係ない親類まで巻き込まれる。
沈む船から逃げる権利は、誰もが持っているのだから。ただ、船長だけは最後まで残らなくてはならない。たとえ船が沈んだとしても。国王や王太子は、その責任から逃れることは不可能だった。
「ロベルディの伯母上が、ついに動くそうだ。他国への牽制もあるが、思ったより早かった」
カリストお兄様は、さらりと爆弾発言を繰り出す。伯母様って、第三王女だったお母様の一番上のお姉様よね。つまりロベルディの女王陛下のお出まし? 一大事だわ。
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