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46.毛を逆立てて警戒するのはやめます

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 思い返してみる。記憶にある限り、私はお茶に砂糖を入れない。ジャムも同じ。以前に酸っぱかったお茶に蜂蜜を垂らしたけれど、あれはサーラに言われたからだわ。自分から手を出さなかった。

 特に甘いものが好きとは思わない。お菓子もそれほど食べないし、出されても一口二口程度。兄は重大な発言をした自覚がないのか、お茶を飲み干した。すぐにサーラが追加する。

「以前の私は砂糖を使いませんでしたか?」

「ん? ほとんど使わなかったな。学院でも出された紅茶をそのまま飲んでいたし……」

 変だわ。私とお兄様は学年が違う。そもそも貴族の子女が通う学院で、男女が机を並べることはない。教室も教育内容もまったく違っていた。この辺りは日記で読んだ。この状況で、お昼を一緒に食べたような口振りだ。

「私はお兄様とよく昼食をご一緒したのかしら」

「いいや。リチェはいつも一人で食べていたから。目に止まったんだ」

 王太子や側近達と食事を摂る兄は、ほぼ同時刻に一人で食べる私を見ていた。だから知っていると言い切る。何かしら、私は重要なことを見落としている気がするの。

「お兄様、先日……おかしな話を聞いたのです。私の所有する青い表紙の本を、王太子……殿下が持っていたと」

「無理に殿下なんてつけなくていい。ここには僕達だけだ」

 話を逸らされた? そう思った私に、カリストお兄様は小声で返した。

「日記か? あれは違う。今は言えないが、お前の日記ではない」

 驚いて、目を見開く。お茶のカップが傾き、サーラが手を伸ばした。けれど、先に兄がカップを受け止める。そのまま私の手から奪って、ソーサーへ戻した。

「気になると思うが、あれは仕掛けの一つだ」

 にやりと笑う兄の表情に、悪い印象はなかった。イタズラ好きの子どものよう。警戒心や違和感が薄れていく。

 あらゆる方角に毛を逆立てる猛獣の子みたいな私を、大丈夫だと諭すような兄の振る舞い。お父様がお兄様を放っておけと仰ったのは、裏切ったからではないのかもしれない。味方だけれど、敵のように見せる必要があったとしたら?

 いいえ、まだ油断してはダメよ。簡単に心を許せば、また傷つけられるわ。でも……今までのように、毛を逆立てて唸る必要はなさそう。

「お兄様は明日、何をして過ごされますの?」

「学院の首席を守るために、予習をしておきたいかな。あとは……少しばかり読書だ。読みたい本を後回しにしすぎた」

 こんなに積み重なっているんだ。両手で人の頭ほどの高さを示し、笑う兄は肩を竦めた。ソーサーを押してカップを遠ざけ、上に手で蓋をするような仕草をした。お茶はもういらないと示したのだ。

「今日は移動で疲れただろう。僕はこれで部屋に戻ることにする。何かあれば、左隣の部屋だから声をかけてくれ」

「はい、食事はご一緒なさいますか?」

「夕食か……父上が戻られるなら同席するよ」

 私の警戒を察したみたい。お父様が一緒ならと条件をつけて、立ち上がった。部屋を出る兄を見送り、サーラが扉を閉めるのを待つ。

「お兄様は敵ではないのかも」

 サーラは何も言わない。肯定も否定もないことで、私は悟った。そうよね、いまの私が他人の言動に惑わされるなんて。過去の記憶がないのだから、先入観を持たずに動こう。決めつけは目を曇らせるだけ。

 冷たくなったお茶を飲み干し、私はカップを置いた。兄と同じ仕草でお茶の時間の終了を告げる。なぜか、懐かしい気がした。
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